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私はこの道が好き。
実家から最寄り駅までは徒歩12分。
閑静な住宅街の道を1人でまっすぐに歩くだけ。その歩道には等間隔にある木からは黄色の葉が何枚か落ちていた。春だけど何だかその黄色の葉はいちょうの色みたいだと思いながら、私はいつもぼんやりとしている。
道のりのなかで途中ふと空を見上げる瞬間がある。太陽の光に癒やされながら青空を眺める日も、曇り空を見上げながら雨を弾く傘の音を聞いている日も好き。
でも徒歩12分だったのは高校生までの話。
社会人になると実家から最寄り駅までの道のりは徒歩7分。
実家の場所や最寄り駅の場所が最初と変わったわけではない。仕事に向かう私の歩く早さが格段に早くなったのだ。急ぐ必要はある、でも時間がギリギリでも職場に間に合うと分かれば朝から走るまではしたくない。早歩きが限界だ。
「急げ、遅刻するー」
でもそれは行く道だけ。帰り道は徒歩12分に戻る。
大学を卒業して社会人3年目の春、私に妊娠が発覚した。
大切な人との子供をおなかに抱え、調子のいいときは実家から最寄り駅までゆっくりと歩く。道のりは徒歩20分。家の近くにスーパーがないので、休日の土日も駅は利用する。
「梨華、ゆっくりでいいからな?」
休日、同じ職場で婚約者である理仁に寄り添ってもらいながら私は歩く。
「うん」
「妊婦さんって赤ちゃんもいるのに少しの運動も必要って大変だよな」
「大事なことだから」
「平日も本当にまだ仕事するの?」
「あとちょっとだけ。大丈夫。無理はしない」
「うん」
平日は理仁に車で送り迎えをしてもらう。職場のみんなは本当に私をいたわってくれる人ばかりで温かい。無理のない程度でぎりぎりまで仕事させてもらえるのもありがたい。
子供が生まれて3年。実家の両親が高齢者になり、理仁が気を使って、私の家は2世帯住宅になった。
実家から最寄り駅まで歩くのは徒歩25分。娘の陽菜は植物に興味があって、陽菜の寄り道には必ず付き合うようにしている。
「お花、咲いてる」
この道のりをあの頃のように徒歩12分で歩くのは今はほぼ不可能になった。
ただまっすぐに歩き続けた道。でも道のりというのは環境や隣を歩く人によっても変わってくる。
徒歩12分という道のりはいろんな世界がありドラマがある。
徒歩12分という道のりは歩く人によって変わる。
誰かの徒歩12分にはどんな世界が広がるのか、何だか知りたい。そしてその人を深く知れたらいい。
そんなことを考え、今日は実家に陽菜を預けて、スーパーまで歩く久々の徒歩12分の道のりを私は一人で楽しんでいる……時間に、周りの景色に、変化が訪れても。
いちょうの色みたいな葉が落ちる、春。
この道が好きな気持ち、それは一人でも誰といても、今も変わらない。
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