「日曜日、雨に思えば」

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「日曜日、雨に思えば」

 窓から雨が降る光景を、ぼーっと眺めていた。  遠くには紫陽花だろうか。花らしきものが小さく見える。  ティーカップを手にしてソファに深く腰掛け、上階の窓から外の光景を眺める。  ささやかなくつろぎのひと時だけど、天気に左右される日もある。  雨の日は少し憂鬱。今日は「少し」どころのレベルじゃない。    そもそも憂鬱って漢字自体がユーウツこの上ない。誰だあんな漢字作った奴は。  それを認可した奴も許せん。あんな字書けないし見るのもユーウツ。  それに気圧の影響だか何か知らないけど、体中のあちこちによからぬ症状を訴えてくるのも結構キツい。イタイんだよ、と鎮痛剤を飲む。  ラジオから天気予報を伝える声。  「今夜の降水確率は100%……明日月曜日は午前6時から正午まで100%…」  ああもう。ニュースの声さえ憂鬱。必要な情報もあるとはいえ、ニュースなんてキライだ。天気予報まで憂鬱にさせる日か。    明日は月曜か。なんだこの気分。  思い切ってTVを廃棄し、情報源はラジオやネットがメインの生活になってからも、ナントカ症候群とやらから解放されない現実にウンザリ。  強くなる雨風の音に溜息が出てしまう。お茶のおかわりでも淹れるか。  天気のストレス分に合わせて、それ相応の金額が銀行口座に自動振り込みされたらいいのに。なんて馬鹿な妄想しても気分は晴れない。  ラジオからの声は、やがて雨に(まつ)わる話になっていた。  「…本格的に雨の対策をしてお出かけすると安心でしょう。さて、せっかくですからこんな時ならではという事で、雨に(まつ)わる音楽をお届けしたいと思います。探してみると結構色んな曲があるもので…」    フン、どうせ失恋ソングとかでしょ。音楽まで湿っぽいのなんて聴きたくない。  ラジオを消そうと手を伸ばしたら、どこかで聴いた覚えのあるメロディーが流れてきた。  鼻歌のように軽く口ずさむ小さな声から始まる、確かに聴いた事のある歌声。  軽快だけど、五月蠅(うるさ)くない。そしてレトロな独特の音質。  「Singin' in the Rain(雨に唄えば)」だ。  雨の中、主人公が軽快なタップダンスで歌い踊る。古い昔の映画の中で歌われる曲だけど、大好きな映画だったのを忘れていた。  ラジオを消すために伸ばした筈の手は止まり、歌声とタップのリズムに集中して聴き入った。  日本語に訳された歌詞をネットで検索してみる。意訳の違いは少々あれど、ハッピーな気持ちでいれば雨さえもそう思える、的な感じか?  たかが映画如きに毒づいてみたくなる。  オメデタイなぁと思ってしまうのは、私がいかにひねくれているかを自覚する。  でも歌声や水音に混じったタップのリズムを軽快に、尚且つ優しく響かせてくるのは悪くない。何よりレトロな音質で漂う雰囲気が「こちら」とは違う世界みたいだ。「こちらの世界」は、何か「あちらの世界」とは違う音で乱暴に殴られてるような気がする時がある。  私、生まれてくる時代か世界を間違えたかな…。いや、そうじゃない。  生まれてきたらもう、この「与えられた制約の世界」の中で、自分で工夫して作って生きるしかないのだろう。  雨や嵐のように、どう(あらが)っても降って来て止められない時もある。思いがけないアクシデントや災難も降る。  避けよう避けようとしても、それは思えば思うほど追いかけてくるような気もする。じゃぁただ屈服?そんな言葉キライだ。  災難は来るときは来る。それをどう受け止めるかだ、なんていうけれど。  受け止め難い時だってある。  乗り越えるのはそう容易(たやす)いことじゃない。  まだしばらく雨は続くだろう。この先も。季節はまたやってくる。  すぐ止む夕立もあれば、強い台風だって来る日もあるだろう。冬には雪だって猛吹雪だってある。止んではまた降って、何度も繰り返す。  映画の中では、「発想の転換で」困難の打開策が浮かんだ展開になってから、あの有名な曲を歌って踊り出したんだっけ。  PCのキーを叩いてネット検索する。  クリック音は一瞬。  こんな音、今は日常的だけど、昔はなかったんだろうなぁ。  二通のメールが来た。  『DVDの注文を承りました。翌日配送予定。』  『この度はご注文ありがとうございます。雨傘/日傘兼用・当社オリジナルデザイン傘・Aタイプのご注文を承りました。商品の発送につきましては…』  たかが気休めという名のアイテムにしかならないのは分かってるけど。  まだ雨は先が長い。過ぎてもまたいつか何度でもやってくる。  どっちみち避けられないなら。  せめて何か自分なりの対応策くらいは持っていたい。  まずはそんなとこからか。  私は商品の到着を待ちながら、ネット配信であの曲をBGMにすべく探す。  私はあんな風に歌って踊れない。  現実の人生は厳しくて痛くてしょっぱくて。この世界は世知辛い。  それでも。打開策はいつか見つかるだろうか。  あの映画の音楽は、ほんのひとときの慰めぐらいにはなるかも。  消そうとしたラジオからまた声が聞こえた。  「明日の週明け月曜日は雨スタートになりそうですが、その後は運が良ければ、虹が見られるかもしれません。まぁ雨が降らなければ虹も見られませんしね。では次の曲を…」                               終
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