1.橘みずほの朝

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大騒ぎの夕食が済んで、縁側で涼んでいたら兄貴が隣に来て腰を下ろす。 「にいちゃんがいなくなって、寂しかったか?」 「寂しくないよ、そういうのうざい」 反抗期やねぇ、と笑う兄貴。知らない方言の入り混じる言葉に若干違和感を覚える。 「みずほ、変わったことなかったか?」 「特に……あ、そう言えば」 しょうもないことだけど、と付け加えて俺は少し気になっていたあのお供えものの油揚げのことを話した。油揚げがなくなる『事件』はあれからずっと続いている。 「お供えお前がやってくれてるのか。サンキューな! 油揚げなくなるのは、お狐様だな」 「……馬鹿にしてんの?」 「いやいや、まじだって! そんなに睨むなよ、みずほ」 なんでも兄貴は昔、一度だけ、油揚げを手にして走り去る『お狐様』の後ろ姿を見たらしい。俺は小さなため息をついた。そんな神様なんか、出てくるわけないだろ。 翌朝。お盆休みだろうがお供えは休むことなく続けられる。今朝はたまたまいつもより早く目が覚めた。そのまま二度寝する気になれず洗顔してると、廊下から見えた朝焼けが綺麗だったから、散歩がてら早めに出てみた。 鳥の囀りと、風にそよぐ木々の葉っぱ。いつもの光景だけど朝早いとなんだか神々しい。空気も気持ちいいから、大回りしていつもとは逆の方向から祠に向かった。 そして俺は気がついた。祠の前、お供えを置く台のところに人の背中があることに。心臓が飛び出そうになったがなんとか声を出すのを堪えた。え? 油揚げ、動物じゃなくてヒトが取っていってるの?  俺はゆっくりゆっくり、近づく。よく見えないがそいつは着物を着ているように見える。もう少し近づくか、と足を前に出した時、小枝を踏んでしまいバキッと大きな音を出してしまった。 案の定、そいつに音が聞こえたみたいで、顔を上げた。俺はええい、と走って祠に近づいた。 「あんた何してんの」 振り向いた姿に俺はギョッとした。真っ白な髪は腰まであって、着物は薄くて赤いワンポイントが袖にある。まるで秋祭りに見る奉納神楽の衣装だ。そして痩せた顔はまるで女性みたい。いや男性とも言い切れない。そして何より金色の瞳に、口には油揚げがくわえられていた。体を反転し、逃げようとする。 「逃すか」 俺はダッシュしてその薄い着物を捕まえて引っ張るとあっさり彼を捕まえることができた。それでもなお口の油揚げはくわえたままだ。
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