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1.橘みずほの朝
俺の朝の日課。庭の水やり、鶏の卵回収。いつから始めたか覚えていないけど、ばあちゃんに褒められて、いい気になって始めた気がする。鶏の卵は、産みたてを手にすると温かい。その温かさを感じるときはなんだかほっこりする。
回収した卵を台所のテーブルに置き、逆に準備されている皿を手にしてもう一度外に出た。
家の敷地を出て、となりの大銀杏の先にある神社へ向かった。この神社は、小さな祠しかない。昔から我が家がお世話をしているらしい。秋は大銀杏の枯れ葉が散り積もるので掃除したり、夏には雑草を抜いたりしている。町内の人ですら来ないようなこの神社に、俺は毎日油揚げを持っていく。朱色の皿の上に油揚げを二枚置いて、祠に手を合わす。
「ふああ」
欠伸をして俺はその場を立ち去った。
俺は橘みずほ、十六歳。田んぼと山しかないこの田舎に住んでいる高校生だ。祖母、両親に弟の五人で暮らしている。高校生といっても、まだ制服も真新しいし鞄だって傷ひとつついてない。何故なら入学したのは先月だからだ。隣の町の高校に進学したものの、メンバーは中学校時代とあまり大差ない。中学校の延長みたいな感覚だ。
ただ家庭ではひとつだけ、変化があった。この春、兄貴が県外に就職し家を出た。家族が一人かけるとちょっとしたことでも違和感が出る。ご飯を炊きすぎたわあ、と母は言うし、祖母は寂しくなったわねぇ、とため息をつく。そして俺には兄貴の日課の『お手伝い』がバトンタッチされた。そのうちの一つが、あの祠へのお供えだ。
朝っぱらから三つも『お手伝い』をやるなんて。せめて庭の水やりはもう弟に譲っていい気がする。弟のつばめは二歳年下。水やりを譲ろうとしたけど断固として拒否してきた。
『兄ちゃん朝早く起きるの得意じゃん! 僕は無理無理!』
そう言うつばめ。母さんもばあちゃんもウンウンと頷いていた。多数決でいまだにこうやって俺がやってるけど……。つばめは要領が良くていつも俺は割が合わない気がする。
「おはよ」
学校に着いて自転車を置いているとき、声をかけてきたのは幼馴染の武中健二郎。こいつもまた制服に着られてる感が半端ない。
「おはよう、健ちゃん」。
「お前、その呼び方やめてくれって言ったろ」
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