感謝の言葉

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「ほんとの裕翔はもっとカッコいいのに。こんなガラス玉みたいな嘘っぽい瞳じゃないのに。なんでこんな偽物しかないんだろう……オバちゃんにお願いして外国製のクリスタルの眼を取り寄せようかな……」  頭皮から抜け落ちた髪の毛は豪華な装飾が施された桐箱に納め,不自然に横たわる裕翔にはウィッグを着けて生前と同じような髪形にした。 「ローションがいけないのかな?」  綿を詰めては破ける皮膚を縫い付け,縫ったところが朽ちて落ちると,その部位を仔羊の革で包み込むようにして縫い付け身体の中に綿を詰め込んだ。 「細い部分は難しいな。手は革製の手袋を着けて指先がこれ以上落ちないようにしよう……鼻と耳はどうしたらいいんだろう……」  乾燥して不安定になった耳は触ると取れそうだった。  大きな容器に入ったローションを掌で伸ばして丁寧に塗り込み,しっかりと摺り込んだが,薄い部分や尖った部分が脆くなっているのは一目瞭然だった。 「ネットで調べた剥製の作り方だとこれで大丈夫なんだけどな……なにがダメなんだろう……? なんかカビみたいなのも生えてるし……」  優しく全身にローションを塗りながら,愛おしい裕翔の身体に頬を当てた。 「ねぇ,裕翔。最初から知ってたんだ。あなたが私に興味がないこと。ただ好きな時に抱ける便利な女が欲しかったことを。でもね,それでも私は幸せだった。私を必要としてくれるだけで嬉しかった」  (いびつ)に歪んだ下腹部を撫でると,お腹の音を聞くかのようにそっと耳を当てて目を閉じた。 「大学を出て社会人になったらお別れするのも覚悟してた。でも,裕翔。あなたは時々私を抱いた。お別れしたと思っていたのに。あなたは私を抱き続けた」  歪んだ肌を撫でながら,優しく微笑んだ。 「ここはもっと綿を詰めないと駄目ね」  薄暗い部屋のなかで寄り添う二人を冷たい青白い照明が包み込んだ。 「あなたがいけないの。いつも下手な嘘ばっかりで。でもね,私を捨てない,私を捨てられないのは事実だった。これだけが嘘じゃなかった。だから決めたの。私はあなたを独占するって。ずっと二人でいるって」  真由華はゆっくりと頭を上げると,優しく微笑み裕翔の身体をそっと抱きしめて心の中で呟いた。 『たった一つの事実は,あなたの気持ちはずっと私から離れていなかったこと。別れても連絡してきたし,抱いているときに私のことを好きって言った。だから私はそれを受け入れた。ねぇ,裕翔。きっとあなたは感謝して私にこう言うわ』  「真由華,これからもよろしく」って。
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