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ずっと前からこの男の匂いが好きだった。
もう会うべきじゃないってのは頭ではわかっているのに,いつも心がそれを邪魔をした。
身体はもっと単純で,求められると心を無視して喜んでしまう。会うべきじゃないと頭では理解しているのに。
一番最低で一番大好きだったこの男。いつも忘れた頃に連絡をしてきて,気がつけばこうやってベッドで身体を求めあっている。
付き合っていた時からいつも傷つけてられてばっかりだったのに,優しい言葉を掛けられただけでどうしてこんなにも身体が喜ぶのだろう。
いつも傷ついて泣いている私を抱きしめて,自分がしたことに気づかない振りをしていた酷い男なのに。
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キッチンのシンクが赤黒く染まっていった。血で汚れた包丁を丁寧に洗う真っ白な手が泡に包まれ,銀色の刃が流水のなかで鈍く光った。刃がこぼれた包丁はもはや料理には使えそうもなかった。
蛇口から細く流れる水がシンクで渦を巻き,ピンク色の洗剤の泡と一緒に流れていった。
高橋真由華は,窓の外から入ってくる街灯の冷たい青い照明に照らされながら静かにベッドに視線を移した。
洗剤の泡が手についた血を洗い流すと白い肌が現れたが,真由華は頭から大量の血を浴びて全身真っ黒になっていた。
お気に入りの真っ白なシーツが血で黒く染まり,お腹を大きく切り開かれてだらしなく腸を垂らしてベッドの真ん中で大の字になっている元カレを見て大きなため息をついた。
「大丈夫……ずっとずっと,これからもずっと一緒にいるから。ああ……最初からあなたが私を愛していないのは知ってるの……でもね,私はあなたを本当に愛してる……ようやく言える。本当にあなたのことを愛してるの……」
左右の鎖骨から鳩尾の辺りまで交差するように切り開かれ,そこから一気に臍の下までY字切開で大きく腹部を開かれた堀切園裕翔とは,大学で知り合った。
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