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「みんなお疲れさまー!
いやー、今日も楽しかったねー!」
イリゼ音楽団、公演終了後。
音楽団のリーダー・ソルカはそう言って、大きく伸びをした後、どすん! と楽屋のソファに座った。100%オレンジジュースのような、鮮やかな色のツインテールが、弾むように揺れる。
一緒に楽屋に戻ってきた他のメンバーも、今回の演奏に、さぞ達成感を感じ――
――てはいなかった。
「……楽しくなんかないわよ」
ぼそっとつぶやいたのは、水色の衣装をまとった少女。唇を噛みしめるようにして、その場に立っている。
そんな彼女をみて、ソルカはのほほんと言う。
「えーなんで?
確かにちょっとテンポが上がりすぎちゃったとことか、音外しちゃったとことかあったけど、とっても愉快な演奏だったじゃん!」
「……本気で言ってるのか、お前」
次に口を開いたのは、青色の衣装を見にまとった少年。
「ほ?」
「本当に、あれで良かったと思ってるのか、ってきいてんだ。
音はバラバラ、しょっちゅうミスはするし。
……正直、聞くに堪えない演奏だろ、あれは」
「……もー! そんなに怖い顔しないの!
そりゃ、アタシらだってヒトの子だよ? ミスのひとつやふたつくらいするって……」
「ひとつやふたつって、そんなレベルじゃなかったでしょ!?
しかも、ミスしたのはほとんどソルカじゃない!」
ソルカの言葉を聞いた水色の少女が、吐き捨てるように言った。
「確かにねー。特にあれはハラハラしたなぁ。
ホラ、一番盛り上がるところで盛大に音外してさぁー」
水色の少女の横で、黄色い衣装の少年がニコニコしながら言う。
「……あっはは、確かにあれは目立ったよね」
ソルカは頭をかく。
「うん。流石にないなぁって、思ったよ」
表情とは裏腹に、ひんやりとした声で言う黄色い少年。しかし、その静かな怒りに、ソルカは全く気がつかないようだ。
「……ま、まあまあ、みなさん一度落ち着きましょう?
ケンカは良くないですよ〜」
あわてて仲裁に入ったのは、赤い衣装を着た少女。張りつめた空気に危機感を感じた彼女は、笑顔を作りながら、怒りを抱えるメンバーの様子を必死にうかがう。
「もう、終わってしまったことですし、今更悔いても仕方ないです。
今日ダメだったところは、次の演奏に活かせば……」
「それは最もだ」
青い少年が口を挟んだ。そして、赤い少女に問いかけるように言う。
「だけどな、お前もわかるだろ?
コイツはここ最近の公演、ずっとこの調子だ」
“コイツ”のところで、ソルカのことをアゴで指した。
「反省なんてこれっぽっちも見せない。いっつも“楽しければそれで良いじゃん!”の一点張り。
さすがにもう、その理論じゃ納得できねぇよ」
「そ、そう、ですか……」
年上である青い少年に押され、赤い少女は口篭ってしまった。
「どーでも良いけど、喉渇いたから飲み物買ってくるねー」
静かになった楽屋に、緑色の衣装の少女ののんきな声が、嫌に響いた。そのまま楽屋を出ていった彼女のことを、誰も気にしない。
ソルカが、青い少年の言葉に対抗する。
「ちょっとちょっと! 楽しいことは、別に悪いことじゃないでしょ?
演奏するアタシたちの「楽しい!」って気持ちは、お客さんにも伝播していくものだもん!」
自分の言葉を信じて疑わない、天真爛漫なソルカの態度に、青い少年の怒りはますますつのった。
「……そういう一丁前なセリフは、しっかり練習したヤツが言え」
「失礼しちゃうなー。アタシ、練習したよ?
確かに、最近なんかちょっとやる気が出なくって、万全の状態、ってわけではなかったかもしれない。
でもさ、今日のステージはほら、村のお祭りのゲスト演奏で、小さめなステージだったし?
来月のコンテストまでには、しっかり仕上げていくって――」
ドサッ。
楽屋の入り口の方で、何かが落ちる音がした。
ソルカを含めた5人は、入り口の方を向く。
床に落ちていたのは、両手で抱えるほどの大きな花束。それの落とし主である、紫色の衣装を着た少女。彼女は、音楽団の副リーダーとして、村の人々に挨拶に行き、村の人々から花束をもらって、ちょうど楽屋に戻ってきたところだった。
紫の少女は、つぶやいた。
「……信じられない」
それは、震えるような声だった。
紫の少女は、花束を丁寧に拾い上げる。
「……いつも、そんなこと思いながら、演奏してたわけ?」
「えっ?」
あまりの空気の冷めように、さすがのソルカも、不穏な空気を感じ取った。
きまりが悪そうに笑いながら、ソルカは弁明した。
「あー、ごめんごめん! 今のは本心じゃないって!
つい口から出ちゃったっていうか、その、コンテストがんばりたいなーってことを、言いたかっただけで。
ほら、年一回のコンテスト、みんなも気合入ってたでしょ!」
「……今日のステージは、そんなにどうでも良かったってわけね」
紫の少女は、まっすぐソルカをにらみつけた。その表情には、他のメンバーもその迫力にひるんでしまうくらいの、強烈な恨みが込められていた。
「……やめよう、この音楽団」
紫の少女の口から出たのは、ソルカにとって衝撃的な言葉だった。
「……え? あの、やめるってどういう……」
「今日でこのイリゼ音楽団、解散しましょう」
とても力強い宣言だった。
突然のことに、口をあんぐり開けたまま、かたまってしまったソルカ。
しかし、そこまでの衝撃を受けていたのは、実はソルカだけだった。
「……そうね、そろそろ潮時だと思ってたわ」
水色の少女が、声を震わせ、にじませながら言った。
「このまま続けてたって、意味ない気がするよね」
黄色い少年も、あきらめたように笑いながら、うなずく。
「俺も賛成だ。こんな状態で、演奏する気にならねぇ。
特に、リーダーがこんなだからな」
青い少年も、軽く片手を挙げる。
「……」
赤い少女は、少しうつむいたまま、何も言わなかった。
「あたしは、どっちでも良いよー。この先、公演の予定もないからねー」
ジャスミン茶を買って戻ってきた緑の少女は、入り口に立っていた紫の少女の脇をすり抜けて、楽屋の壁にもたれかかった。
「決まりね」
紫の少女が静かに言う。
「……え、待って、決まってない決まってない!
アタシはやめたくないよ!」
やっと言葉が出てきたソルカは、仲間6人を引き留めようとする。
だが、立ち止まる者はいなかった。
仲間が去った楽屋でひとり、ソルカはぽかんと口をあけて、呆然とした――。
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