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そしていま,三年前と同じ金木犀の花が咲き乱れる丘の上で,富子の目の前で豊久の顔が半分崩れ落ち,黄金色の絨毯の上でスマホを握りしめたまま倒れていた。
見ず知らずの男たちは全員,大きなワゴン車のなかで真っ白な顔で口から大量の泡を吹いて横たわっていた。
ここに来てからしばらく男たちはワゴン車の中で談笑しながら待機していたが,その間,富子が準備した薬の入ったにアルコールによって喉の皮を掻きむしるほどの苦しみを味わい全員が息を引き取った。
僅かな薬を盛られて朦朧としていた豊久も富子によって頭からかけられた透明の液体が皮と肉を溶かし,激痛と恐怖で顔を引き攣らせたが,溶けた肌が不自然な笑顔のようになっていた。
「あなたは私のすべてを奪い,心と身体を弄んだけど,いつも私を見離さなかった。常に同じ場所にいて,同じ距離……私に触れるとこともキスをすることもなく,ただスマホを構えて動画を撮るだけ……」
この三年間,豊久は富子のことを撮り続けた。いつも違う男たちに抱かれる富子を嬉しそうに撮影する豊久の瞳には富子に対する愛情すら感じられた。
「あなたも私と同じで,死に場所に悩んでいたんでしょ。あなたの瞳には生きてる人の生気がなかった」
古い瓶に貼られた黄ばんだラベルが触れるたびに剥がれ落ち,瓶の口から垂れた液体が富子の手を焼いて溶かした。
「ねぇ,私の田舎……代々続く古い農家だったけど,海外から輸入される安い野菜のせいで潰れちゃったの,当然,知ってるよね。だって,あなたが勤める銀行がお金を貸してくれなくなったんだもん。農家に寄生するだけで大きくなったくせに農家を殺すようなことばかりして……」
富子は瓶を振り上げると,崩れて肉塊になった豊久に向かって残りの液体をふりかけた。
「ねぇ,知らないかもしれないから教えてあげるけど,古い農家の物置には,法律で規制される前の危険な成分が入った農薬や除草剤がたくさん眠ってるの。まぁ,あなたは農家のことなんて,なにも知らないくせに銀行に就職したんだもんね」
茶色い瓶を投げ捨てると,ポケットからライターを取り出した。
「この薬は害獣駆除に使われてたらしいんだけど,人にとっても猛毒だから規制されたやつなんだって。私が子供の頃は,よくお爺ちゃんが悪い子にはこの薬を飲ませるって脅かしてきたんだよね。いまじゃ許されない子供の躾だよね」
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