【怪談】生命金属科学を極める会

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 金属と生体とのかかわりを研究する組織や団体は世界中に多数存在しているが,それらは閉鎖的でお互いの研究成果を共有することはなく,学会などで発表されて初めてその研究成果が世に知られる。  人間は生活するうえで鉄や亜鉛,銅などといった生命金属と呼ばれる物質を必要としている。吸収や血液の輸送といった生体内動態はこれらの金属によって厳密に制御され,また人為的にこれらの金属を過不足させることで生体内動態を狂わせ中毒症状を出現させることも可能である。  これは,とある地方の医師たちが密かに立ち上げた「生命金属科学を極める会」が行った人体実験の話である。  会が発足されたのは,平成が終わる年だった。世間は令和になりお祭り騒ぎになっていたが,地方の研究室に四人の救急医療に携わる若手医師たちが自分たちの研究成果を世に出すのではなく,好奇心のためにさらに深く,現代では決して許されない人体実験を実施した。  彼らは救急医療の中でもとくに中毒に特化した研究を行い,さまざまな金属が人体にどのような影響を与えるか最新の現代医療の知識を活用して調べていた。  今年四十になる坂元は,研究室で椅子に身を預けアフロヘアのような天然パーマの頭を掻きむしった。 「古代ギリシアのヒポクラテスは『貧血には鉄が有効』であることを発見した。金属と生命との関係はすでに古代から知られているが,それがどの国でもちゃんとした学問として育ってこなかった」  坂元は周りの目を気にしながら自身の患者を使ってさまざまな人体実験を繰り返してきた。カドミウムや水銀,鉛などはすでに人体に強い影響があることはわかっていたので,坂元は鉄や亜鉛などの量量を変えながら患者には黙って与え続けた。  そして令和五年の夏,「生命金属科学を極める会」は一千人を超える患者にさまざまな金属物質を投与し,その効果と考察を一つの論文としてまとめた。  その論文は非常に優れた内容で,金属による生体への反応が細かく記されていた。一千人以上の無断での人体実験さえなければ世界的に賞賛される内容であったが,さらに世間に認められないのが,この人体実験に無断利用された一千人の患者の中に生きている者が一人もいないことだった。  世界各国の研究機関は坂元らの研究発表を公開することなく一部の医薬品会社と共有し新薬の開発に利用した。  そして世界各国の行政は,いまだに坂元らを医療現場で自由に診察と治療をさせ,世に知られることなく坂元らの研究を金銭面だけではなく患者の紹介など,ありとあらゆるサポートを続けている。
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