柿の木の男

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 今年の夏は台風とその影響で雨が多く荒れた日が続いた。その日も朝から深夜までマンションの窓に滝のような雨が激しく打ち付け,風が獣の唸り声のような低い音を立て続けた。  朝から激しい雨が降り出し,窓ガラスを叩く雨音が部屋に響き渡るとベランダがギシギシと音を立てた。  そして隣の柿の木を揺らす音が不安を煽り,突風が唸るとマンション全体が地鳴りのような音を立てた。  佳世は暗い部屋のなかで一人で泣き崩れ,いつ帰ってくるのかわからない晴人の帰りをひたすら待った。 「ごめんね……ごめんね……全部私がいけないの。本当にごめんね……」  頭を抱えて倒れ込むようにして,痩せ細った脚を投げ出したまま泣き続けた。雨音は激しくなり風がベランダを破壊するんじゃないかと思うほど激しく揺らし,佳世を不安にさせた。  毎日が幸せだったと信じていた時に訪れた絶望が佳世の心を蝕み,二人で夢見て語り合った将来は一瞬で消え去ってしまった。  一緒に映画を観たり,カフェを巡ったり,他愛のない話をして過ごした時間はもうそこにはなかった。  あの日,何気なく二人で近所を散歩していた時にベランダから見える空き地がどうなっているのか見てみようと,軽い気持ちでその土地に足を踏み入れた。  雑草が生い茂る空き地には,かつて家があったことを証明するコンクリートの土台が残り,ガレージがあったらしき場所は一面がコンクリートが敷き詰められて草一本も生えていなかった。  大きな柿の木は風が吹いてもビクともせず,太い幹はここにあった家とともに過ごしてきた年数を表しているようだった。  二人は雑草が低いところを歩いてコンクリートの土台まで行くと,残された残骸から家の間取りを想像して楽しんだ。  玄関,トイレ,キッチン,風呂場,そしてリビングと個室が二つ,階段があった形跡もあったので,二階建てだろうと想像し,家族構成を想像した。  車二台分ほどあるコンクリートが敷き詰められた場所へ移動すると,柿の木が随分と近く感じた。  柿の木の近くまで行ってはじめて見えたのが,小さな石で作られたお墓のような場所だった。
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