柿の木の男

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「ごめんね……ごめんね……全部私がいけないの。本当にごめんね……」  あの日,佳世が突然泣き出した涙の意味を晴人は気づきもせずに呑気に小さな墓の前で屈んで石に彫られた文字を読んでいた。  大きな柿の木の下にある小さな石の周りで幼い少女たちが,見たこともないほど険しい表情で晴人と佳世を睨みつけていた。  佳世はなんとなく違和感を感じ,その石に近づいてはいけないと本能的に感じていたが晴人は気にせず石の前で屈んで彫られた文字を読み上げてしまった。  柿の木の下からゆっくりと墓石に移動してくる少女たちの気配が色濃くなると,屈み込む晴人の肩に手がかかった。  その瞬間,佳世の目の前で晴人に抱きつく少女たちの姿が鮮明に現れ,少女たちは驚いて立ちすくむ佳世を睨みつけていた。 『ねぇぇぇ……ちょおだぁぁいぃぃ……この人……ちょおだぁぁぁぁぁいいいい……」  幼い子どもの声が頭の中に直接話しかけてくるような感じで,耳の奥のほうで小さく響いた。 『え……?』  幼い少女が無理矢理晴人に抱きつき,小さな手でしっかりと服を掴んだ。 『この人くれたらぁ……あんたは連れてかないからぁぁぁぁ……ねぇぇぇ……ちょおだあぁぁぁぁいぃぃぃぃ……』  佳世は晴人にまとわりつく少女たちを見ながら二歩三歩と後退りした。  脚が震えて声にならない声が出たが,晴人は石に顔を近づけて,薄くなって読みにくい文字を読み上げた。 [愛する家族,いつまでも安らかに,そして永遠に,幸せな時間をありがとう……萌香,彩芽,環,すみれ……]  晴人は気がつかなかったが,名前を読み上げた瞬間,ロープで柿の木に身体を縛られた大柄な年配の男が現れ,少女たちの名前を聞いて満面の笑顔で晴人を見ていた。  晴人に抱きつく少女が怯えて隠れようとしたが,男は笑顔のまま首を傾げた。 『誰……? お前ら……知らない……一族じゃない……誰……?』  男が晴人と佳世を交互に見て,さっきまでの笑顔が消えて冷たいお面のような無表情になった。 『誰……?』  男の身体は柿の木に縛り付けられていたが,無表情のまま身体を捻り,関節を外すようにしてロープから抜けようとした。 『お前ら……誰……?』
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