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帰宅して夕食を済ませてから二人で一緒に布団に入ったが,夜が深くなるにつれて風が強くなっていった。
晴人の腕にはしっかりと少女たちの手形が残っていたが,それも晴人には見えなかった。
深夜になると風がさらに強くなり,ベランダがギィーギィーと不快な音を鳴らすと,佳世の耳元で少女たちが『早く連れてきて……早く連れて行って……』と囁き,あまりの恐怖で布団に深く潜り込んで声が聞こえないように耳を塞いだ。
「晴人……ごめんね……本当にごめんね……」
布団のなかで呪文のように何度も呟き,涙を流した。
そのまま朝になり朝食を済ませると,晴人はいつもと同じように天気を確かめるためにベランダから空を見た。
「あちゃ〜ベランダに置いてあった物がひっくり返ってるな。あと,ベランダの手すりがなんか曲がってるような気もするし」
カラカラと軽い音を立てて大きな窓が開くと,爽やかな風が部屋に吹き込んできた。
「手すりは気のせいか……。それにしても風が気持ちいいな。佳世,今日は洗濯できそうだよ」
「そう……よかった……最近雨が続いてたから,洗濯物が溜まってたんだよね……」
佳世の目には,ベランダの手すりに大量のロープが絡みつき,まるでベランダから誰かが入ろうとしたかのような跡に見えた。
服を着替えて出勤の準備をする晴人の横をすり抜け,実際に誰かが入ってきた形跡がないか確認するために佳世もベランダに出たが,ロープがつながる柿の木を見ないように不自然なほど視線を上にした。
『ありがとぉぉぉ……この人を連れて行くねぇ……連れて行ってもらうねぇ……これからぁぁ……ずっとずっとよろしくねぇ……』
声に驚き振り向くと,少女たちが晴人の周りに立ち,手をつなぐかのように晴人の腕を握り締めていた。
「え……嘘でしょ……嘘……こんなの悪い夢……こんなことあるわけない……え……? なに……なんなの……このロープ……?」
混乱しながらも,佳世は少女たちに掴まれた晴人が仕事に行くところを玄関で見送くると,現実なのかどうかもわからないまま放心状態で部屋の掃除と洗濯を済ませて,唇を震わせ泣きながら化粧をした。
「ごめんね……ごめんね……全部私がいけないの。本当にごめんね……」
その日,晴人は職場に現れずそのまま失踪した。そして帰ってくるかもわからないマンションでは,佳世がずっと一人で自分を責めて泣き続けていた。
「晴人……もし帰ってきてくれたら……また巡り会えたら……また二人で一緒になりたいの……二人で映画を観たり……一緒に並んで歩きたい……ごめんね……ごめんね……全部私がいけないの。本当にごめんね……」
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