雨降る森の静かな隣人

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 けたたましい悲鳴が止んでいく。  物陰に隠れていたオレは、ただ震えて、物事が終わるのを待っていた。  近くで何かが地面に落ちたような、べちゃりという音が聞こえる。  それを最後に、どこからも声は聞こえなくなった。  雨だけが、現状を隠すように音を叩きつけている。  警戒しつつ、周囲を見渡した。  人影は見えない。  乱立する木の隙間に目を凝らし、オレは物陰から姿を現した。  土や木に混じって、雨と血の匂いが香る。  視線を落とすまでもなく、オレの目には幾つもの、転がった死体が見えていた。  次はオレの番だろうか。  そんな予感が頭をもたげる。  ふいに背後から気配を感じた。  ゾクリと背筋が凍る。  今この場で生きている者は、自分以外に一人しか思い浮かばない。  オレは現状を作り出したであろう人物から、距離を取る為に前へ飛び、すぐさま振り返った。  ただ殺されるより、どんなヤツが相手なのか、一目でも拝んでやろうと思ったのだ。  相手を見て、オレはギョッとした。  背の高い男だった。  思っていたよりも逞しく、握られた血塗れのスコップが、よく似合っている。  だが何より目を引いたのは、相手が大きな布を被っていたことだった。  水をたくさん吸った、びちゃびちゃに返り血を浴びた、白かったはずの布。  体格のいい男を覆うほどの大きさで、目の辺りには穴が開いている。  そして布の上から、赤い首輪が巻き付いていた。  どこかで見たような姿だったが、残念ながらオレは思い出せない。  男は持っていたスコップを振り上げた。  その瞬間、オレは目を閉じる。  来るであろう痛みに備え、身体を固くした。  けれど、いつまで立っても痛みはやってこない。  ザクっと音が聞こえ、オレは目を開く。  男はスコップを地面に刺し、しゃがんでオレを見下ろしていた。  手を伸ばされる。  どうすればいいのか分からず固まっていると、男はオレを抱えた。  先ほどまで、人を殺していたヤツとは思えないほど、優しい手つきだった。  男はオレを抱えると、何も言わずに歩きだす。  抱えられたオレは、下手に動いて殺されたくはないから、ただ置物のようにジッとしていた。  でも少しして、うとうとと眠気に襲われる。  きっと非道な現状を目の当たりにしたショックで、身体が疲れたのだろう。  何をされるか分からない状況だったが、一度朦朧とした意識は止められず、結局オレは目を閉じてしまった。  これは野良猫だったオレが、ヤバい殺人鬼に拾われた話。
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