雨降る森の静かな隣人

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 アイツが男が出かけた。  夕方ではない時間帯だった。  人間の気配を感じ取ったのだろう。  どのように察知しているのかは不明だが、アイツは森に誰か入ると、時間に関係なく小屋を出てしまう。  殺しているところを見たくはなかった。  そういう時オレは、アイツが帰って来るのを一人で待つ。  また生首を持ち帰ってきたら嫌だなあと、雨を見ながら、そんなことを思っていた。  今日の雨は、いつもより強い気がする。  叩きつけるような音だから、屋根を壊されるんじゃないかとヒヤヒヤした。  バンと音が鳴る。  雷みたいに大きな音だ。  バンと、また強く響く。  オレは空が光るのを待っていた。  けれど全然、空は暗いまま。  ぼうっとしていると、またバンと音が鳴る。  …………雷じゃないな。  少しして気づいた。  オレは開けっ放しの扉から、外へ出る。  そうしているうちに、また一つ、森の中でバンと響く。  オレは音のする方へ走った。  身体がビショビショになるが、久しぶりの水浴びだと思って我慢した。  バンと、音が近づく。  なんの音かは分からない。  近づいたせいで、音に重みが増したようだ。  バン。  今度は間近で音がする。  もうすぐで、音の正体がわかる気がした。  何かが地面に落ちたような、べちゃりという音で、オレはようやく場所を特定することが出来た。  物陰から出たオレは、乱立する木の隙間に目を凝らす。  いつもと同じ、土と木と雨の匂い。  それに混じって血が香る。  臭い匂いも鼻に付いた。  何かが焦げたような、そんな匂い。  視線をあげるまでもなく、オレの目には一つの死体が見えていた。  首のない死体だ。  首だけなら見たことあるが、胴体だけを見るのは初めてだった。  身体の大きい死体で、その上には黒い物体が置かれていた。  オレは顔をあげる。  見たことのない人間が立っていた。  アイツ以外で、生きた人間を見たのは久しぶりだった。  ところで、アイツはどこだろう?  オレは視線を動かす。  その場にいるのは知らない人間と、見たことのない首無しの死体だけ。  アイツはどこだろう?  どこ行ったんだ?  森に人間が侵入したのに、どこで道草食っているんだ?  キョロキョロ視線を動かすけれど、アイツの姿は見当たらない。  行き場を失くしたオレの目は、知らない人間に向けられる。  辛気臭い顔の男だった。  アイツよりも背は小さく、身体も細身で弱そうだ。  そんな男の両手には、見たことのあるものが二つある。  一つはアイツが持っていたスコップだ。  ソレはいつも通りに血塗れで、貧弱そうな男の手には似合わない。  もう一つは、やけに大きな布の袋だった。  それは水をたくさん吸っており、水滴と共に、血がボタボタと垂れている。  たぶん布の色は、もともと白かったのだろう。  けれど血と泥でグチャグチャで、どこかしらに穴が開いているせいか、。  オレは、どこでソレを見たのだろう?  思い出そうとしてみるが、脳が拒絶して分からない。  何が入っているのだろう?  まったく見当がつきやしない。  グルグル回る頭の中で、ただただオレは、その光景に見入っている。  すると知らない男が動き出した。  持っていたものを、ボトリと落とす。  なんだか、それが気に食わない。  オレは落としたものに近づいた。  男はオレに構うことなく、フラフラどこかへ行ってしまう。  袋に近づくと、空いている穴と目が合った。  目を逸らすことはしなかった。  出来なかった。  オレは、その場で立ち尽くす。  気づけば、雨は止んでいた。  勝手に止むな、とムカついた。  そんなオレに応えるように、地面にボタボタ雨が降る。  アイツはやっぱり、どこにもいない。  どこに行ったのか分からない。  なんでいなくなったのか、考えてみたけど分からなかった。  雨が足りないからだ、と思った。  いつもならザァザァ鳴る音が、今日に限って聞こえない。  だからアイツはいないんだ。  雨よ降れ。  降り続け。  もう一人で生きるのは嫌だから。
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