第4話

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 気付けば学生の数が増えていた。この中から蛍輔が見つかるのか? 疲れが多少出始めてきたときだった。  人ごみの片隅で、ひょろりと周囲から一つ飛び出た黒い頭を見つけた。あちこちに跳ねたくせっ毛、丸まった背中を覆う濃紺のブレザー……蛍輔だった。蛍輔は迷いなくとある店に入って行った。  満は学生たちを避けながらなんとか後を追い、その店の前に立つ。 『渋谷アーケードステーション』。  昭和の名残を感じさせる古めかしい看板の下には、間口の狭いガラス戸の入り口が一つ。入口脇の壁一面にのみガラスがはめ込まれており、道端から店内を見渡すとぬいぐるみやフィギュアのクレーンゲーム機ばかりが立ち並んでいた。  なるほどゲームセンターか。知識の上では知っている。  白く明るい照明の下、主に学生たちがそれぞれのクレーンゲームに熱中している。言わずもがな、満はゲームセンターに入ったことがない。  満にとってゲームセンターは子どもが一人で入ってはいけない危ない場所の一つだ。  あれだろう、無職の大人がパチスロの代わりにメダルゲームで一日を潰したり脇に灰皿なんか置いたりして、あとは学生がカツアゲをしたり何かしらのゲームの対戦相手を外に連れ出したりするんだろう。負の知識ばかりが蓄積されていた。家には置いていないが、不良が主人公の小説を中学生の頃に図書館で読み漁っていたのだ。  満は外から必死に中の様子をうかがった。クレーンゲーム機が並ぶ細い通路を蛍輔が奥へ奥へと歩いていってしまう。  出てくるのを待っていようか。……それもなんかやだ、怖い。ならば中に入ってすぐに蛍輔を捕まえた方がまだマシだ。友だちではないけれど、顔見知りがいるだけでどれだけ心強いか。  それに今日を逃したら一生入れない気がする。  満は意を決してガラス戸を開け中に入った。  途端、満を襲ったのは不良ではなく甲高い騒音だった。満ははじめ巨大なスピーカーが側にあるのかと勘違いした。だが恐れずによくよく聞いてみると、音の正体は数多くのクレーンゲーム機が発する大きな電子メロディーで、音の重なり合いは嵐となって満の鼓膜を揺さぶった。こんな場所で会話できる人々が信じられない。若者は難聴気味だと新聞は言うが絶対にイヤホンのせいだけじゃないぞこれ。  ……でも、楽しいかも。  満は身を小さくしながらもきょろきょろしながら歩いていく。その瞳は好奇心に輝いていた。  同年代ほどの若者たちが、友だちと一緒にぬいぐるみや大量のお菓子を取るため夢中になっている。フィギュアが入った箱をアームでつまみ上げ、取り出し口に見事落としている姿を見て、思わず満も立ち止まって魅入ってしまった。隠れて拍手も送った、他の客がそうしていたからだ。  どきどきと心臓が少し早くなる、ワクワクする!  今まで敬遠していた場所は楽しくて心が躍る場所だった。  なーんだ、ゲーセンなんて全然怖くないじゃないか。浮かれた。知らないことを知る喜びも入り混じり、蛍輔を探した先に新しい何かがあるのではないかと期待してしまう。  フロアのスペースが残り三分の一ほどとなると別の筐体がずらりと設置されていた。  明るすぎるくらいだったクレーンゲーム機エリアとは違い天井照明は薄暗い。  筐体に取り付けられている液晶画面の眩しい光だけがぽっかりと浮かぶ。客は筐体の前に立ちあるいは椅子に座り、専用ツールを目にも止まらぬ速さで操作する。各々が黙々とプレイする怪しいスペースがこじんまりと広がっていた。  思いもよらぬ仄暗い異質な雰囲気に満のワクワクと弾んでいた気分は急死し、突如不安に襲われる。  永墓くんはどこに行ったんだ……。小説の中の主人公は、普段見かけないものを追い駆けて冒険へと飛び込んでいくものだが、これは追い駆けてはいけない方だったのかもしれない。  なるべく目立たないようにきょろきょろと辺りを窺うが、あの背の高い少年は見当たらない。  見失ったのか、と、満は店の奥でちょっとした人だかりを見つけた。  背中合わせにずらりと並ぶ背の低い筐体の端二台を、七、八人ほどの客が半円を描くように囲んでいた。いずれも男性で、学生服姿の少年から私服姿の青年や中年と様々だ。  筐体には大きな液晶画面と持ち手が丸いスティックバーや数個ボタンらしきものがあった。座ってプレイするものらしく椅子も並んでおり、客たちの半円の中にプレイヤーがいるらしい。  満の正面にある筐体を囲っているのは三人ほどで、他は向かいの筐体を囲っている。三人の客の隙間から、こちらに背を向けているプライヤーの黒に近いジャケットが目に入る。照明が暗いので分かりにくいが、蛍輔の制服である濃紺のブレザーだろうか。  盛り上がっているのか、「おぉ」「はめわざエグ」「いや、無理だろこれ」好き勝手に呟きみんな揃って「はぁー」と感嘆の声を上げていた。はめわざって何だろう、満は心のメモに書き残す。  あの輪の中が気になるが混ざる勇気はない。新参者がのこのこ顔を出して不快に思われないだろうか。  だがここまで来た勇気を無駄にはしたくない気持ちもある。  ……少し見に行って、別人ならもう帰ろう。  学生鞄の持ち手をきつく握りしめ、満は意を決して客の輪に近づいた。
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