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第5話
ゲームセンターを出た時にはもう夕焼けが沈みかけていた。家路に向かう学生や社会人の数はさらに増え、人波の中を二人は意志を持って進んでいく。
見たことのある通りを進むと思えば、初めて連れて来られたあのカラオケ店にまた入れられた。
……また怒られるな。このときになると満はさすがに反省していた。前髪の指摘は完全に失言だった。それに永墓くんの顔、秘密の縄張りを見つけられて不服そうな野良猫みたいだったもんな。
パズルのピースのように、ゲームセンターで得た情報と蛍輔の発言がきれいに填まっていく。
それならばもう、やりたいことは決まっている。
今度はもう飲み物は持って入らない。強い力で個室に押し込められ、満は勢いよくソファに座ることとなった。テーブルを挟んだ対面のソファに蛍輔はリュックを投げつける。
個室は以前と違い騒がしい音で溢れていた。つけっぱなしの液晶テレビから延々と流れるPR映像は、満たちとは違い楽しそうに会話している。蛍輔は腰を折り液晶テレビ下にあったデッキからボリュームの調整バーを探し音を消した。
「あなた何考えてるんですか」
唸り声をあげながら蛍輔は苛立ち気に自身の前髪をかきむしる。黒のヘアピンをいくつか外し、手櫛でぼさぼさな前髪に戻す。満はその光景に妙に感激し、思わず口角を上げていた。
「何笑ってるんですか……!」
「えっ、い、いや、悪い。……パッチン留めしてるの画面が見にくいからだろ? 永墓くんはゲーマーってやつなんだな」
毒気を抜かれたのか、蛍輔は大きなため息を吐いてソファにどかりと座る。相変わらずこちらを見ないが、どこか所在無さげだった。
「俺、ゲームってよく分からないんだけど、あんなにすごいものだなんて! 子どものおもちゃだと思ってた」
「は?」
「映画みたいだった。負けそうだったのに巻き返して、強いしあっという間だったし、なんて言うんだろう、あの清掃員のキャラクターが生きてるみたいで。絶対負けると思ってたんだ。でも蜂みたいに刺し続けて、うん、かっこよかった! 永墓くんもゲームもすごいんだな」
「…………はぁ、どうも」
「永墓くんって有名人なんだろ。格ゲーにランキングがあるのも初めて知ったし、すごくワクワクした」
上手く言葉で表現できないが、清掃員の逆転劇を思い出すだけで力が入り興奮する。足りない語彙と表現で満は蛍輔のプレイがいかに魅力的であったかを伝えたかった。
「それに……さっきは助けてくれたんだよな、ありがとう。嬉しかったよ。俺、ゲーセンなんて初めてだったからさ、気を付けてたつもりだったんだけど」
「ご自分がどこの制服を着ているかもっと自覚したらどうですか」
「あるんだな本当に、カツアゲってやつは」
「いやあなた、その顔であんなこと言って……やっぱりもういいです。俺の知ったこっちゃない」
「でも、今日は俺の学校まで来てくれたんだろ」
返事はない。
「俺としては永墓くんの態度もどうかと思うけど、きみにとっての元凶を考えると憎むものじゃない」
瞳は険しいものに変わっていたが、満はそらしはしない。このために今日、彼を探したのだから。
「ありがとう、俺ももう一度会って謝りたかったから。永墓くんのこと何も考えずに自分の考え押し付けて、悪かったよ」
少しの沈黙が二人の間に流れた。
「学校まで行ったのは正式に家庭教師を辞めたかったからです。」
確かな声音だった。
「あなたに会いたかったわけじゃない。言ったでしょう、期待するなって。なのにのこのこ現れて馬鹿じゃないんですか……」
呆れてはいるが、彼の雰囲気に以前のような苛立ちや嫌悪は不思議と感じられなかった。その代わり、蛍輔の中に一本真っ直ぐに通った芯のようなものを感じた。本当に辞めたいのだろう。
なら俺も、正面からぶつからないとだめだ。
「家庭教師は続けてもらう」
「……はぁ?」
地を這う低い声に一瞬たじろぐ。こちらも腹に力を込めた。
「逃げるなら探すよ。だって放課後はほとんどゲーセンにいるんだろ? さっき永墓くんのプレイを見ていた人たちが色々教えてくれたんだ。あそこを中心に他のゲーセンにも行ってるって。だから探すよ、見つけるまで」
「……あなたまで俺の邪魔をするんですか。人の人生を犠牲にするのは母親に似たんですかねぇ」
「『闘綴杯ワンスト部門』」
その大会名を告げた途端に蛍輔は見事に固まった。
あらぬ方向に向けていた顔を勢いよく満に向ける。前髪の向こう側の重たい瞼は持ち上げられ、瞳をは丸く見開きあからさまに動揺していた。
「はっ、ああぁっのゲーマー共か……!」
話が早い。そうだ、全てはゲームセンターにいた客たちからの知恵なのだ。
月刊ゲームクリップというゲーム雑誌主催の格ゲー全国大会『闘綴杯』。全国のゲームセンターで各部門の予選を行い勝ち残ったゲーマーが東京の全国大会に出場できる。
高校生以上からの参加が認められているが、未成年者は保護者の同意書が必要なのである。
満は用意していた推理を披露し始める。
「カラスは全国各地を転々としていた。つまり転校する度に永墓くんはその地域のゲームセンターに出没して格ゲーランクの上位に名前を刻んでいったんだ」
「オフを知られるのも嫌だっていうのにっ、あぁーあぁーだから嫌なんですよ知った風なやつらに囲まれるのは。こっちは静かに格ゲーやりたいだけだって言うのにガキだと分かるとすぐ玄人面してペラペラペラペラ余計なことを喋り続ける」
「これだけ強いのになぜ五年前から行われている闘綴杯には参加しないのか。年齢制限の壁があった。だけど今年からもう高校生、俺としては子どもの分際で参加するなんてとは思うけど、きみにとってはあとは永墓さんに同意書をもらうだけだ」
「都会に出たらすぐ喚きたおすDQNもいないと思ったのですがだめだ、プレイヤー人口分母が増えるせいで面倒な人間の数が増えるだけですよ。あなたはあなたで囲っていた連中が鼻の下伸ばしていたことにも気づきもしない。未成年者は年長者に接待をしないといけないんで、す、かぁあ~?」
「俺の話聞いてる!?」
青白い顔をしてぶつぶつ呪詛を吐かれると不気味で仕方ない。
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