第6話

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 そこで満はついに今日、曙高でのことを話したのだ。学校のクラスメイトとこんな話をしたなんて雑談らしい雑談は本当に今日が初めてだった。  地雷がどうのこうの言った後、蛍輔は、 「そのクラスメイトはお友だちですか?」 「えっ」  まさか話に興味を持つとは思わなかった。どういう心変わりなのか。ともあれ満は興味を示してくれたことに嬉しくなった。 「藤沢? まだそこまで一緒にいるわけじゃないからなぁ。この前なんて俺のこと『人ん家の子犬を見守ってる気分』なんて言ってたし」 「はぁ? 同担拒否過激派なんですが」  蛍輔は不機嫌そうに低い声を出した。 「え、なんだよ。怖いな」 「いえ……」  雑談って難しい。蛍輔はときどき聞いたことのない言葉を言うし。このまま喋っていてもいいのかと不安になるが、興味を持ってくれたみたいなので続けた。 「多分俺とは少し壁があるんだよ。他のクラスメイトたちとも結構付き合いあるみたいだし、藤沢の友だちは別でいると思うよ」 「……ならいいですけど」  何がいいと言うのか。 「俺の交友関係とか、蛍輔もママみたいなこと言うなよ」  言ってしまってから満はハッと目を丸くした。 『ママ』って言った、『ママ』って言ってしまった!  満が両親のことをパパ・ママと呼んでいたのは小学校卒業までだ。中学校に上がり成長期特有の羞恥心やプライドも重なり父さん・母さんと言うように心がけた。しかしつい気を抜いてしまうと元の呼び方が顔を出す。  聞かれたよなぁ、ちらと蛍輔の様子を窺う。街灯に照らされた蛍輔は案の定、不思議なものを見るかのような顔をして満を見ていた。目が合うと慌ててそらされる。満は強い恥を感じ慌てて否定した。 「ちっ違う、今のはっ」 「……だろ」返ってきたのは小さな呟きだった。 「え?」 「あなたどれだけ母親に支配されてるんですか?」  その瞬間だけ、世界から音が消える。  支配だなんて。  蛍輔がしまったと、珍しく後悔するような表情をした時、風に揺らめく木々のざわめきが満の鼓膜に届いた。 「お、大袈裟だな! そんな難しい話じゃないよ! 母さんは教育熱心なだけさ。はは、は……」  笑っておどけてみせても二人の間に流れる空気は固い。 「さっきのことは忘れてください」  信号待ちで歩みを止める。忘れろだなんて言われても。彼なりの気遣いに甘えてしまうと彼の発言を肯定したようで、嫌だった。  でも言い返してまた喧嘩になってしまったらどうしよう。流した方がいいのかな。カラオケ店で大声を上げ、追い込むように話し合ったときほどの勢いはない。  トラックが目の前の道路を横切ろうとする。満は口を開いた。  俺の言葉なんか走行音にかき消されてしまえ、でも、言わないときっとずっと後悔するだろうから。 「俺は絶対に支配なんかされてない。母さんは子どもの頃の自分を救いたいだけだよ」  信号が変わる、満は歩きだす。聞こえたのだろうか。蛍輔は立ち止まったままだった。  あぁ、やっぱり雑談って難しいな。  波風は立てない方がいいのかもしれない。母と接するように、いつものように。  友だちになってくれなんて自分から言っておいて、繋ぎ留め方が分からないんだ。  メールでもいいから今度からは一緒に帰らなくても大丈夫だと伝えよう、満は瞳を伏せ足元だけを見つめて歩いた。 「やっぱり雑談は地雷ですねぇ」  蛍輔は、来た。 「喋りたいなら勝手にどうぞ」 「えっけっ、な、なんで!?」 「残機ゼロなんで棺桶はついていくしかないんですよ」  言っている意味は分からない。ただ彼が来てくれた事実に、満はしだいに視界がぼやけていくのを感じた。  蛍輔は俺の光なのかもしれない。夜に小さく輝く、あたたかな光。  出会う前に夢見た願いが、現実となって隣にいてくれる。 「あ、あの、うまく、えと俺、ちゃんと話せるように」 「タイムリミットは駅までですが。お好きにどうぞ」  満は何度も言葉を詰まらせながら、たどたどしくも伝えていった。欲しい言葉がぱっと浮かんでこなくとも、伝えたいことを間違わないように。
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