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第7話
中間テストの順位が七十位から五十位と大幅に上がり、香純はその日の夕食に出前で寿司をとるほどあからさまに喜んだ。
「やっぱり窟波に通う子は違うわぁ。塾を辞めて毎日蛍輔くんにお勉強を見てもらってもいいぐらい」
「さすがに迷惑になっちゃうよ……」
十一月を目前に控え、今日も蛍輔との授業を終えた満は夕食前に帰宅した。
香純はリビングの食器棚から食器を取り出しているところだった。外出の予定がなくとも薄化粧をしている彼女はここのところずっと機嫌が良い。
夕日が沈む時刻が早くなるにつれ解散も早くなる。蛍輔は満を駅まで送ると、やはりさっさとゲームセンターに向かう。
満の相手をしアーケードゲームに勤しみ、これで本人もテストの順位をキープしているのだから驚きである。前回の結果も書かれた順位表を見せてもらい満は言葉をなくした。蛍輔は意地悪くほくそ笑んでいた。
わざわざ駅まで見送らなくてもと言えば、相変わらず眉間に皺を寄せて「別にあなたのためじゃないですよ」と。
とは言え、せっかく駅まで送ってもらって悪いのだがあまにも早く帰宅するのも分が悪い。最近ではお気に入りの書店の小説コーナーを巡回しと満喫した後、ゲームセンターで蛍輔の様子をちらと確認していた。
家庭教師が始まってから二か月弱過ぎたというのに、香純は授業内容や、教室の場すらどこで行っているのかを聞いてくることはなかった。
進学塾での講義内容すら試験結果が出るまでは触れてこなかったのだ。今回の家庭教師の件でも結果次第では介入するつもりだったのかもしれないと思うと、日々の予習復習と試験前の追い込みに力を入れて正解だった。
満としては介入されない方が好都合なのだ。
代々木公園の自然は満の心を落ち着かせてくれる。夕日が落ちていくマジックアワーの美しさ、最中の空や木々の色合いの移り変わり。
限られた時間の中で蛍輔と向き合うのも好きだった。ゲームと向き合う真剣な眼差しとは違い、やる気のなさそうな重たい瞼。向かい合って勉強する中で目が合うことは少なく、こちらが真っ直ぐに見つめれば顔ごとそらされる。
家庭教師中が不真面目ではないのだ。きっと気楽にやってくれているのだろう。満にはそれが嬉しかった。
日が進むにつれてその時間も短くなっていくのが少し、寂しいが。
永墓氏は気にならないのだろうか。
蛍輔から彼の両親についての話は今もまだ聞いたことがない。永墓家で授業を行っていないのなら、最上家で行っていると思っているのだろうか。
「でもねぇ」と、香純が少し困ったような声を出し、満は現実に引き戻される。
「蛍輔くん、相変わらず夜遅くに帰ってくるんですって。満ちゃん何か知ってる? あなた家庭教師の日は塾の日よりずっと早く帰ってくるじゃない」
ぎくりと満は少し身を固くする。なるべく母から視線を外した。
「い、いやぁ? 勉強が終わったら俺たち渋谷駅で別れるし。何も聞いてないけど」
「窟波の子なんだからしっかりしてるはずなのにねぇ」
しっかり……まぁ見た目はその通りだ。ボタンもきちんと留めてるしリュックも変に肩ひもを伸ばしてないけど、無言で立ってるときの蠟人形感はまだ否めないんだよなぁ。
表情は想像以上にコロコロと変わる。不機嫌か馬鹿にしているか、格ゲーに集中している真剣な眼差しに加え、最近ではちょっと不気味に笑う表情も追加された。
それにしても、と満は少し違和感を覚える。
「ちなみに、永墓さんって夜遅い理由知ってるの? もしかしたら心配するほどのことじゃないかもしれないよ」
「さぁ、ママそこまでは聞いてないから。蛍輔くんの夜遊びに満ちゃんが巻き込まれてないならママそれで安心だわ」
そう言って笑って香純はキッチンへと消えていく。
それでこそママだよ。満は眉を顰めて口角を上げた。
母親に支配されているとお前は言ったな。意外と自由なんだよ。誰も俺たちが公園で勉強してるとも、趣味をこっそり楽しんでいるとも思ってもないんだから。
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