最終話

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最終話

 十二月二十五日、今年のクリスマスは休日の土曜日と重なった。  白金の実家から千葉の幕張メッセに向かうまで、電車で一時間二十分ほどかかる。その長さの割には、運賃は片道八百円もかからない。  なんとも良心的である、満の小遣いでも難なく向かうことができた。  なんなら昼食代だってある。図書館で勉強してくる、夕方までいるつもりだからお昼はコンビニで買うよと伝えたときに母から与えられた。  お勉強頑張ってね、寄り道しちゃだめよ。分かってる、もうしないよ。なんて嘘を吐いた罪悪感こそあれど、悔やむことはなかった。  全国各地のゲームセンターで予選を勝ち抜いた選手が集結し、トーナメント形式でタイトル別王者を決める対戦型格闘ゲーム全国大会『闘綴杯2008』。ここ、幕張メッセのイベントホールで二日間かけて本選が行われている。  幕張メッセどころか、満が一人で渋谷以外の場所を訪れるのは初めてだった。ましてや都外である千葉県。乗り換えの度に行き先を確認し、この外出が母にバレていないか何度も携帯電話を確認しやっとの想いで到着した。  しかし心細さは会場に到着した途端、安堵へと変わっていった。  公式サイトに掲載されている広大で無機質なイベントホールの景観は、闘綴杯のために出店されているキッチンカーや来場者たちで賑わっていた。 「ちゃんと目的地に着いた……」  一番に抱えていた大きな不安が解消され思わず泣きそうになる、知らない街で迷子になっている気分だったのだ。  海にほど近いということもあり寒風が強く、普段通りの紺色コートと赤マフラーの防寒でも寒さが身に沁みる。今日は斜め掛けバッグの中にカモフラージュ用の勉強道具と、万が一のためのちょっとした荷物を入れてきた。カイロはない 。  来場者は満と同じように着ぶくれした男性がほとんどだ。大半が男性で、二十歳から中年と幅広い年代で構成されている。満のような学生はあまりいない。いても友だちと少数で隅に固まっているか父親らしき人物と一緒である。  大人に囲まれた一人きりの空間でも、電車に乗っていた時とは違い不思議と心は落ち着いていた。  あまりお洒落には興味がなさそうな男性が多いのも満には好印象に見えた。満が思わず身構えてしまう派手な見た目の男性もいるが、どんな姿でも一緒になって熱く語っている。 「そうか、ここにはゲーマーしかいないんだ」  小さなゲームセンターから幕張メッセへと箱の容量が大きくなっただけなのだ。誰も彼も目的は一つ、上手いプレーヤーのゲームプレイを見ること。他人の邪魔をしたりカツアゲをしたりなど、入場料を払ってまで邪心を露わにはしない。  同じものが好きな人たちと好きなものを共有でき、熱く盛り上がれる場所。  満は今までイベントに行ったことがなかった。スポーツ観戦だってしたことがない。勉強に明け暮れて読書好きを探すこともしなかった。  自分は外の世界を知らなすぎると痛感させられる。 「俺がゲーマーだったらもっと一緒に楽しめたんだろうけど……でもいいなぁ、こういうの」  時刻は十一時過ぎ。少し早いが昼食にとキッチンカーに並ぶ。コンビニ以外では初めての買い食いは揚げたてほくほく太めフライドポテトMサイズ、それにフランクフルト。どちらも何かのタイミングで食べたことがあるはずなのに、今まで食べた中で一番おいしく感じた。  受付で貰ったパンフレットを見ると『ワンデイ・ストラグル』の本選は十三時。十二時からは本選前の〈復活戦〉が開催される。  復活戦とは、各地の予選決勝で惜しくも敗退した選手のみが出場できるいわゆる敗者復活戦である。復活戦枠で勝ち抜いた一名だけが本選への切符を掴む。  本選観覧シートチケットは事前販売も当日一般販売もすでに完売しているが、復活予選は一般販売のみで満も購入することができた。  本当は本選が見たかった。  けれど蛍輔が大会に出場するらしいと、母がいないときに父からこっそりと告げられたのは今日から三日前のこと。すでにチケットは売り切れていた。  満は、あの日から蛍輔に会っていない。二度と会うなと直接両親に言われたわけではないが、母と永墓氏の怒号があれだけ飛び交っていたのだ。会う勇気もない。
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