25人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
「この子ですよ。水浜一香」
禿頭を鈍く光らせた初老の男性が、眼鏡を持ち上げて目を瞬かせた。
雪彦たちが中学3年生の頃に担任をしていたという。
事件の3年前だ。
「顔が見えませんね」
縁側に腰掛けて、凛は色褪せた学級写真を覗き込む。
端の方に写っている水浜一香という少女は、顔の大部分に髪がかかっていた。
男性は声を落とす。
「ああ。顔の痣を隠して……」
また、痣か。
「いじめがあったと聞きましたが?」
凛の問いに、一昨年教職を退いたという男性は苦い顔をした。
「記者さん、そりゃ無理やってぇ」
「五百扇の者には何も言えんよ」
ここへ案内してくれた中年の女性と老人が口々に言う。
老人は遠い目をして緑茶を啜った。
「五百扇雪彦が、いじめを主導していたということですか」
答えは返ってこない。
泰造亡き後も、ここまで口を噤む。
それだけ五百扇家の威光が強かったということか。
だぶついたズボンに踵を履き潰したスニーカーで、斜に構えるように写真に収まる雪彦。
父・五百扇泰造との確執は、この頃もあったのだろうか。
1学年1クラスという山間の小さな学校で。
よく言えば絆が深く、悪く言えば逃げようのない狭い世界で、1人の少女が壮絶ないじめを受けていた。
水浜一香は、未来をも恨むような眼差しで写真の外にいる凛を睥睨してくる。
写真を借り、凛はその家を辞した。
紅葉に色づいた山が迫り、冷たい風が降りてくる。
雪彦も影彦も、5年前までこの景色を眺めていたのだろうか。
そして生まれ育った田舎町に背を向けた時、一香という少女は何を思っていたのか。
最初のコメントを投稿しよう!