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「西見凛、34歳。フリーの記者か」
ビジネスバッグの中に入っていた免許証や仕事道具に目を落とし、小山内は呟いた。
東京・江東区のマンションの一室。鑑識班が行き来している。
パソコンデスクの傍に椅子が不自然に倒れ、零れたコーヒーがラグに染みを作る現場。
転がっている紙製のカップは、どこかの店の物か。その先には──。
かなり藻搔いたのだろう。喉が掻きむしられ、手はあらぬ方向に伸び、最期の表情は苦悶に歪んでいる。
パンツスーツを着用したままの遺体はこの部屋の住人、西見凛であった。
鑑識からの報告はまだざっくりしたものだが、死因は青酸化合物、死亡推定時刻は昨夜遅くとみられた。
福岡に住む西見凛の母親から、「娘が通話中に突然苦しそうな声を上げ、その後応答がない」との相談が入った時にはもう、手遅れだっただろう。
調べはこれからだが、自殺の可能性は低いと思われる。
「小山内さん。ご家族が到着されました」
コンビを組む後輩、林が呼んでいる。
小山内は、暗澹とした気分で頷いた。
*
「嫌な思いはさせられたけど、亡くなったとなると複雑だね」
五百扇雪彦が湿った声で言った。
雪彦が帰京して数日。
フリーの記者、西見凛の毒殺事件は既に公になっている。
風岡つぐみは、返事をする代わりに俯いた。
──何故。
初めてこの報道に触れた時、つぐみは戦慄した。
つぐみが凛に会ったのは、まさにあの夜だったからである。
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