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全身の血が沸騰し、鼓膜を破るかというほど激しく脈を打ち始めた。
この女──。
この短い期間に何を知ったというのか。
対面の凛は、つぐみに視線を貼り付けたまま肉汁が滴る赤身を喰らう。
つぐみは必死で頭を回転させようとする。
しかし。
焦りの中で可能なのは計算ではなく、憎悪を募らせることのみであった。
感情の赴くままに傍らのグラスを掴めば、掌にジワリと水滴が広がっていく。
「復讐? 五百扇雪彦への。それとも故郷とか、この社会に?
だとしたら見当違いもいいとこ……」
ビシャッと音がして凛が沈黙した。
凛は、涼しい顔のまま水に濡れている。
「これ以上付き纏うなら警察へ行くわ!」
つぐみは、空のグラスを持つ手を震わせながら悲鳴のような声を上げた。
少し離れたところで店員がオロオロしている。
「どうぞ。慣れていますので」
凛はかぶった水を拭うでもなく、つぐみをじっと見据えた。
「慣れてるの。警察沙汰も裁判も。あのね、お嬢さん」
言葉が切れる。
凛は、水が入ってしまったステーキ皿の残りの肉にフォークを突き立てた。
「ちょっと吠えられたくらいで引いてたら、この仕事はやっていけないのよ」
静かに微笑みながら言葉を継いだ凛の目の奥に、底知れない執念が揺れている。
つぐみは、もはやこの場で座位を保つのが精一杯であった。
「最後の質問」
しかし、凛はあっさりと席を立つ。
テーブルの脇で「答えなくていいけど」と前置きし、伝票を掴んだ。
「あなたの傍にいる五百扇雪彦さんは、靴の踵を踏む癖はありますか?」
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