一香

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一香

 裏寂れたスナックの勝手口を出ると、ゴミ置き場がある。  一香は客の前には出ない。  地元の中学を卒業して3年、ずっと掃除婦のようなことをしている。  このスナックで客の相手をする母にここへ連れて来られ、いつの間にかそういうことになっていた。  物心がついた頃には、既に母・直子からの壮絶な虐待が始まっていた。  父親はいなかった。  自分が、男狂いの直子と誰の間に生まれたか。  そんな疑問が沸き出す以前に、一香は生きることだけに精一杯だった。  夜毎、卑俗な喧騒に咽せるような酒の匂いが混じる。  狂酔した、顔ぶれの変わらない客。  そこで呼吸する自分。  ここは、世界の掃き溜めだ。  まだ店の者さえ来ない。  本当はこんなに早く出てくる必要はなかったのだ。  それでも一香は、外を彷徨い歩いていることが多かった。  直子が男を連れ込んでいるからだ。  外に出ても、都会のように気軽に立ち寄れる場所はない。  自分の顔を晒したくもない。  ゴミ袋を持って勝手口を出ると、()えた臭気が鼻をつく。  午後6時過ぎ。吹雪いてきた。  勝手口から漏れ出る電灯の光で、一香の周りだけがぼんやりと明るい。  だから、目についた。  冬枯れの草の間から覗く、グレーのナイロン生地。  堂々と打ち捨てられたスポーツバッグの中身を見て、思わず周囲に目を走らせる。  帯封が付いたままの、一万円札の束。  一束が百万として、その束の数は10やそこらではなかった。  
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