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動き出す美の体現者たち
美しいものには力がある
ミロのヴィーナスは
「もう、わたしはこんな所にいたくない。
だって、誰もわたしの腕を見つけてくれないんですもの。
自分で探すことにするわ」
そう言って、
大理石の台座から下り
歩き出しました。
運慶、快慶の金剛力士像たちは言いました。
「何てことだ。
こいつらは、いくら怒ってもきりがない」
ふり上げていたその腕を
横にだらんとぶら下げました。
ダ・ヴィンチのモナ・リザは微笑みながら言いました。
「わたしがいつも笑っているだけだと思ったら、
大間違い。
笑いながら、
あなたを憎むことだって、
殺すことだってできるのよ」
相変わらずの不思議な笑みを顔に貼りつけながら。
菱川師宣の見返り美人は真っ直ぐ前を見て、
「過去を振り返って生きるなんて、
もうこりごり。
わたしは前を見ていたいの」
二度と後ろを向かなくなりました。
ゴッホの耳を切った自画像は、
「世の中はギマンに満ちている。
本当のことを聴きたいと思ったら、
耳は一つで充分さ」
こう言って、切り取った肉塊を見せてくれました。
北斎の神奈川沖浪裏の船乗りは言いました。
「いま、それどころじゃない!」
必死に船にしがみつきました。
ロダンの考える人は頭を抱え、
「ああ
考えすぎて、何もかもわからなくなった。
とにかく、ここではない何処かへ行こう。
きっとそこに答えはあるはずだから……。
君も行くかい?」
と言うと、ぬっくと立ち上がり、
今まであごを支えるためだけに存在していた
その腕をこちらへ差し出しました。
美しいものには力がある。
何かを動かす力がある。
だまされたと思って見てごらん。
彼らはきっと曇りのない真実を
どこかに密やかに隠し持ち
私たちに語ってくれるから。
ほらほら、
彼らが行ってしまわないうちに
目をこらして見てごらん。
彼らの動く
理由がそこに見えてくるよ。
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