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3.村人
山の少し開けた所に出て、二人は立ち止まった。
「はぁ……はぁ……ここまで逃げてくれば、きっと平気だ。おシヅ、大丈夫か?」
「……はぁ……はぁ……えぇ、田吾作。私は……だい……じょうぶ……」
二人は完全に息が上がっていた。
「少し、息を整えたらまた走ろう。山の向こうの集落まで、もう少しだ……」
この時、田吾作は己の中の熱い欲情を抑えきれなくなった。今すぐ、おシヅに触れたい。おシヅを、自分のものにしたい。
田吾作は、おシヅの顔に手をやると、そっと自分の顔を寄せて、そして口付けた。
「おシヅ……必ず、お前は俺が守るから……」
「田吾作……嬉しい……うん。一緒に逃げて、幸せになろう」
その刹那、ガサガサッという音が闇の中から聞こえた。
「なんだ!? 獣か!?」
獣ならば、どんなに良かった事だろうか。そこには、鍬や鉈を持った村人数人が立っていた。
「見付けたぞ田吾作! おシヅ!」
「なっ……!! どうしてここが!?」
村人たちは、今にも田吾作に襲い掛からんばかりの剣幕でこうまくし立てた。
「お前の腹積もりなんてこっちはお見通しなんだ! お前、ずっとおシヅに惚れていたろう!? まさか契っちゃいねぇだろうな! おシヅは大切な人柱だ! 返してもらおうか!!」
田吾作は、おシヅを自分の背後の隠しながらこう叫んだ。
「嫌だ! おシヅは人柱にはさせない! おシヅと俺は夫婦になるんだ!」
「馬鹿野郎田吾作! 村が水没しちまったら夫婦も何もねぇだろう! とにかくおシヅを寄こせ!!」
嫌だと叫ぶ前に、田吾作はおシヅの手を取り走り出そうとした。だが、その後ろにも他の村人が構えていた。
「おシヅ、逃げろ――――!!!!!」
そう、田吾作がおシヅの手を離した瞬間、村人の凶器が田吾作を引き裂いた。雨の中に、田吾作の鮮血が噴き出す。おシヅの白装束に赤い血が吹き付ける。
「田吾作ぅぅぅ――――!!!!!」
田吾作は、今にも消えそうな意識の中声を振り絞った。
「おシ……ヅ……」
それが田吾作の最期の言葉だった。おシヅは、すぐさま村に連れ返され、そして、三日後に予定通り人柱として川に沈められた。
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