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オレはさっきまでぐったりとつかれていたが、ドーナツを見ると、口の中につばがあふれてくるのを感じた。
すぐに、ドーナツにかぶりつく。
外側のフワフワのパン生地が破れ、中から甘くてドロッとしたカスタードクリームが、口の中に流れこんできた。
「はう……うめえ!」
思わず声が出た。
体の中にエネルギーが補給されていくのを感じる。
すげー幸せな気分だ。
そのまま、ムシャムシャと一心不乱に、ドーナツを食べつづけた。
「タクヤはホントに、おいしそうに食べるよね。ドーナツのCMに出れそうだよ」
タマキがクスクスと笑う。
「しかたねーだろ。タマキも超能力を使えばわかるよ」
オレはちょっとだけ顔が熱くなるのを感じる。
夢中になって食べている姿なんて、あまりじっと見られたくはない。
「やっぱり、お腹が空く?」
「ああ、つかれるし、甘いものがたまらなくほしくなる」
超能力を使った直後だけは、タマキよりも食い意地が張ってしまう。
今日は特に超能力を使いすぎたせいか、かなりつかれてしまった。
「大変だねー。やっぱりむやみに使っちゃダメだよ。この部屋でやる実験はしょうがないけど、外では絶対ダメなんだからね」
「……わかってるって。もう、絶対に使わない」
そもそも、外で超能力を使いたくなる場面というのは、めったにない。
オレは、サイコキネシスやテレポーテーションなどのいろいろな超能力を使うことができるのだが……。
それらの超能力は、非常にしょぼいのである。
サイコキネシスで持ち上げられるのは、小石くらいがゲンカイ。
テレポーテーションで移動できるのは、五十センチがゲンカイ。
こんな能力を使うよりも、自分の手で持ち上げるか、足で移動する方がはるかに早い。
しかも、超能力を使うとつかれてしまい、甘いものがほしくてたまらなくなる。
甘いものでエネルギー補給をしないと、目を回してしまうのだ。
こんな不便な能力なので、世界征服をしようだとか、悪をこらしめるスーパーヒーローになろうというのは、ムリなのである。
「タクヤの絶対って信用できないんだよね。こないだだって――」
「――先生、今日の実験でなにかわかりましたか?」
タマキのお説教がまだまだつづきそうなので、オレは長谷川先生に助けをもとめた。
長谷川先生はニヤニヤとオレたちのことを見ていたが、実験の質問をされると、コーヒーを置いた。
メガネの位置をクイッと直して、急にマジメな顔をする。
この先生は、実験のことになると、真剣になるのだ。
「うん。今回の実験で、超能力の正体は………………!」
「ついに、わかったんですか?」
長谷川先生がもったいつけるので、オレはごくりとつばをのむ。
超能力の正体については、ずっと気になっていたのだ。
だから、長谷川先生の言葉を待っていると……、
「なにも、わからなかったよ」
ドタッ。
長谷川先生の言葉に、思わず机に突っ伏してしまった。
「期待させといて、そりゃないっすよ」
「はははっ。ごめん、ごめん」
先生はポリポリと頭をかく。
「でも、先生。うれしそうな顔してるよね? 実験に失敗したのに、どうして?」
タマキが不思議そうに、先生にたずねた。
たしかに、長谷川先生の顔は明るい。
なにもわからず、実験が失敗したようには見えなかった。
「そいつはだね、失敗じゃないからさ。わからないことが、わかったからね」
「どういうこと?」
「今回の実験では、ガラス容器の中を真空にしといたんだ。だからサイコキネシスは、空気を伝わる力ではない。そのことがわかったのが大きい。超能力の正体はわからないけど、確実に一歩前進したということなんだ」
「へー、地道なんですね」
「そう! 科学ってのは、こういう地道なことを何千回、何万回とくりかえすことによって、発展していくんだ。結果を出すには、何十年とかかることもある」
何十年……。
十二歳のオレには、想像もできない。
でも、とんでもなく長いってのはわかる。
「それは……大変ですね」
「大変と感じたことはないかな。朝丘くんのおかげで、どんどん研究が進んでいくし、いまはこの実験をしているときが、楽しくてしょうがないよ!」
長谷川先生は、心からうれしそうな顔でいった。
きっと、科学が大好きだからだろう。
サッカーが好きな人が、うまくなるためにきびしい練習をするのが、つらくないのと同じなのかもしれない。
オレは正直、先生のむずかしい話は、よくわからないときもある。
でも、これだけよろこんでもらえるなら、しばらくは実験に協力しようと思ってしまうのだ。
「それじゃあ、今日の実験は、これで終わりですか?」
「うん、十分だよ。ありがとう」
「わかりました。それじゃ、帰ります」
「バイバイ、先生」
実験が終わったので、オレたちは帰ることにした。
*
学校からの帰り道。
オレたちは、川沿いの道をのんびりと歩いていると、
「まったく、人助けとはいえ……、なんで見られちゃうかな」
と、タマキがつぶやくように言った。
「うっ、だってさぁ。オレだって、気をつけてたんだぜ……」
オレはタマキから顔をそらした。
約束を破って超能力を使ったのも、それを見られてしまったのも、すべてオレが悪いさ。
でもな。だれにも見られないように、ちゃんと気をつけてはいたんだぜ。
周囲に人がいないことは、確認していた。
それでも、長谷川先生は見ていたんだ。
「長谷川先生が武術の達人なんて、反則だろ! 気配を消すって、すげーぞ! まうしろにいたのに、マジで、ぜんぜん、気づかなかったんだ!」
「……人は見かけによらないよね」
長谷川先生は長身でやせているが、『天神流柔術』という武術の達人である。
小さい頃からずっとやっていたので、師範の資格を持っているようだ。
コンビニ強盗を捕まえて、表彰されたこともあるらしい。
つまり、ムチャクチャ強い人なのだ。
「しかも東大を出たような、すごい人だったなんてな」
東大――東京大学は、日本でトップレベルに、入学試験がむずかしい大学である。
つまり、ムチャクチャ頭のいい人なのだ。
「ホント、人は見かけによらないよね。ちょっとヘンな先生だけど……」
「まあ、たしかにな」
オレは苦笑した。
長谷川先生は、オシャレなどにはまったく興味がなくて、いつも白衣を着て生活をしている。
休みの日は、理科準備室でずっと、研究ばかりしているのだ。
他の先生たちとくらべると、ヘンとしか言いようがない。
フツーの若い先生なら、休日に買いものや旅行、デートなどをして過ごしているはずなのに。
「ただ、長谷川先生が超能力を研究して、世の中のために使いたいってのは、信じてもいいと思う」
あの日、長谷川先生は、オレみたいな子どもに頭を下げて、実験に協力をお願いしてきた。
そして、超能力を科学で再現する夢を、キラキラした目で語った。
弱すぎてなんの役にも立たないオレの超能力が、世の中のためになるすばらしい能力……。
そう説明されて、オレはうれしかったんだ。
「まあ、悪い先生には見えないけど」
「そのうち、タマキにもわかるって」
「そうかなぁ」
長谷川先生ならきっと、超能力を意味のあるものにしてくれるはず。
オレはそう、信じている。
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