2.ヒミツの実験

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 オレはさっきまでぐったりとつかれていたが、ドーナツを見ると、口の中につばがあふれてくるのを感じた。  すぐに、ドーナツにかぶりつく。  外側のフワフワのパン生地が破れ、中から甘くてドロッとしたカスタードクリームが、口の中に流れこんできた。 「はう……うめえ!」  思わず声が出た。  体の中にエネルギーが補給されていくのを感じる。  すげー幸せな気分だ。  そのまま、ムシャムシャと一心不乱に、ドーナツを食べつづけた。 「タクヤはホントに、おいしそうに食べるよね。ドーナツのCMに出れそうだよ」  タマキがクスクスと笑う。 「しかたねーだろ。タマキも超能力を使えばわかるよ」  オレはちょっとだけ顔が熱くなるのを感じる。  夢中になって食べている姿なんて、あまりじっと見られたくはない。 「やっぱり、お腹が空く?」 「ああ、つかれるし、甘いものがたまらなくほしくなる」  超能力を使った直後だけは、タマキよりも食い意地が張ってしまう。  今日は特に超能力を使いすぎたせいか、かなりつかれてしまった。 「大変だねー。やっぱりむやみに使っちゃダメだよ。この部屋でやる実験はしょうがないけど、外では絶対ダメなんだからね」 「……わかってるって。もう、絶対に使わない」  そもそも、外で超能力を使いたくなる場面というのは、めったにない。  オレは、サイコキネシスやテレポーテーションなどのいろいろな超能力を使うことができるのだが……。  それらの超能力は、非常にしょぼいのである。  サイコキネシスで持ち上げられるのは、小石くらいがゲンカイ。  テレポーテーションで移動できるのは、五十センチがゲンカイ。  こんな能力を使うよりも、自分の手で持ち上げるか、足で移動する方がはるかに早い。  しかも、超能力を使うとつかれてしまい、甘いものがほしくてたまらなくなる。  甘いものでエネルギー補給をしないと、目を回してしまうのだ。  こんな不便な能力なので、世界征服をしようだとか、悪をこらしめるスーパーヒーローになろうというのは、ムリなのである。 「タクヤの絶対って信用できないんだよね。こないだだって――」 「――先生、今日の実験でなにかわかりましたか?」  タマキのお説教がまだまだつづきそうなので、オレは長谷川先生に助けをもとめた。  長谷川先生はニヤニヤとオレたちのことを見ていたが、実験の質問をされると、コーヒーを置いた。  メガネの位置をクイッと直して、急にマジメな顔をする。  この先生は、実験のことになると、真剣になるのだ。 「うん。今回の実験で、超能力の正体は………………!」 「ついに、わかったんですか?」  長谷川先生がもったいつけるので、オレはごくりとつばをのむ。  超能力の正体については、ずっと気になっていたのだ。  だから、長谷川先生の言葉を待っていると……、 「なにも、わからなかったよ」  ドタッ。  長谷川先生の言葉に、思わず机に突っ伏してしまった。 「期待させといて、そりゃないっすよ」 「はははっ。ごめん、ごめん」  先生はポリポリと頭をかく。 「でも、先生。うれしそうな顔してるよね? 実験に失敗したのに、どうして?」  タマキが不思議そうに、先生にたずねた。  たしかに、長谷川先生の顔は明るい。  なにもわからず、実験が失敗したようには見えなかった。 「そいつはだね、失敗じゃないからさ。わからないことが、わかったからね」 「どういうこと?」 「今回の実験では、ガラス容器の中を真空にしといたんだ。だからサイコキネシスは、空気を伝わる力ではない。そのことがわかったのが大きい。超能力の正体はわからないけど、確実に一歩前進したということなんだ」 「へー、地道なんですね」 「そう! 科学ってのは、こういう地道なことを何千回、何万回とくりかえすことによって、発展していくんだ。結果を出すには、何十年とかかることもある」  何十年……。  十二歳のオレには、想像もできない。  でも、とんでもなく長いってのはわかる。 「それは……大変ですね」 「大変と感じたことはないかな。朝丘くんのおかげで、どんどん研究が進んでいくし、いまはこの実験をしているときが、楽しくてしょうがないよ!」  長谷川先生は、心からうれしそうな顔でいった。  きっと、科学が大好きだからだろう。  サッカーが好きな人が、うまくなるためにきびしい練習をするのが、つらくないのと同じなのかもしれない。    オレは正直、先生のむずかしい話は、よくわからないときもある。  でも、これだけよろこんでもらえるなら、しばらくは実験に協力しようと思ってしまうのだ。 「それじゃあ、今日の実験は、これで終わりですか?」 「うん、十分だよ。ありがとう」 「わかりました。それじゃ、帰ります」 「バイバイ、先生」   実験が終わったので、オレたちは帰ることにした。    *  学校からの帰り道。  オレたちは、川沿いの道をのんびりと歩いていると、 「まったく、人助けとはいえ……、なんで見られちゃうかな」  と、タマキがつぶやくように言った。 「うっ、だってさぁ。オレだって、気をつけてたんだぜ……」  オレはタマキから顔をそらした。  約束を破って超能力を使ったのも、それを見られてしまったのも、すべてオレが悪いさ。  でもな。だれにも見られないように、ちゃんと気をつけてはいたんだぜ。  周囲に人がいないことは、確認していた。  それでも、長谷川先生は見ていたんだ。 「長谷川先生が武術の達人なんて、反則だろ! 気配を消すって、すげーぞ! まうしろにいたのに、マジで、ぜんぜん、気づかなかったんだ!」 「……人は見かけによらないよね」  長谷川先生は長身でやせているが、『天神流柔術(てんじんりゅうじゅうじゅつ)』という武術の達人である。  小さい頃からずっとやっていたので、師範の資格を持っているようだ。  コンビニ強盗を捕まえて、表彰されたこともあるらしい。  つまり、ムチャクチャ強い人なのだ。 「しかも東大を出たような、すごい人だったなんてな」  東大――東京大学は、日本でトップレベルに、入学試験がむずかしい大学である。  つまり、ムチャクチャ頭のいい人なのだ。 「ホント、人は見かけによらないよね。ちょっとヘンな先生だけど……」 「まあ、たしかにな」  オレは苦笑した。  長谷川先生は、オシャレなどにはまったく興味がなくて、いつも白衣を着て生活をしている。  休みの日は、理科準備室でずっと、研究ばかりしているのだ。  他の先生たちとくらべると、ヘンとしか言いようがない。  フツーの若い先生なら、休日に買いものや旅行、デートなどをして過ごしているはずなのに。 「ただ、長谷川先生が超能力を研究して、世の中のために使いたいってのは、信じてもいいと思う」  あの日、長谷川先生は、オレみたいな子どもに頭を下げて、実験に協力をお願いしてきた。  そして、超能力を科学で再現する夢を、キラキラした目で語った。  弱すぎてなんの役にも立たないオレの超能力が、世の中のためになるすばらしい能力……。  そう説明されて、オレはうれしかったんだ。 「まあ、悪い先生には見えないけど」 「そのうち、タマキにもわかるって」 「そうかなぁ」  長谷川先生ならきっと、超能力を意味のあるものにしてくれるはず。  オレはそう、信じている。
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