5.はじめてのデート

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 館内は空いていて、オレたちは、かんたんにとなり同士に座ることができた。  天井を見上げやすいように、座席はリクライニングシートになっている。  まだ、なにも映っていない天井のスクリーンを眺めていると、 「朝丘くんは、星ってどう思う?」  と、水瀬が小声でたずねてきた。 「きれいだと思うな。オレは星座について、ちょっとだけくわしいぞ」  なんとなく、見栄をはってしまった。  長谷川先生に少しだけ教わったことがあるだけだが……。 「それじゃあ、夏の大三角形は知ってるかな?」 「もちろん、ヨユーだし」 「へー、それじゃあ、わたしに教えてよ」  水瀬が挑戦的に、イタズラっぽく笑う。  これで答えられなかったら、かなりカッコ悪い。  だが、オレは内心で胸をなでおろした。夏の大三角形については、長谷川先生に教わったことがある。落ちついて、思い出せばいいだけだ。 「……えーと。わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ……、こと座のベガを結んでできる、大きな三角形のことだな」 「すごい! 大正解だよ!」  水瀬は驚いた顔をして、音を出さないように拍手をする。  オレは「長谷川先生、マジでありがとう!」と心の中でめっちゃ感謝した。 「水瀬は星が好きなのか?」 「うん、大好き! 寝るまえに、窓から空を眺めることも多いよ。お母さまに、『風邪を引くでしょ!』って怒られちゃうんだけど」  水瀬は照れ臭そうに笑いながら、少しだけ舌を出した。  オレはそんな水瀬のことを、意外に思った。  きっと家では、カンペキな優等生のような生活をしていると思っていたから。  親に怒られている姿など、想像できない。 「でも、ここからじゃ、そんなに星は見えないだろ」  若宮市が田舎といっても、町の中はそれなりに明るい。  空を見上げても、星はポツポツとしか見えないはずである。  天の川などは、見えるわけがない。  水瀬は少しだけ残念そうな顔をして、うなずいた。 「そうなんだよね。オリオン座ぐらいなら見えるけど、夏の大三角形を見るのはむずかしいかな」   そのとき、オレの頭にいい考えが浮かんだ。 (そうだ! 吾郎おじさんに頼んで、夜に船を出してもらえばいいじゃん!)  夜の海ってのは、少し沖に出るだけでも、町からの明かりは届かなくなり、完全な真っ暗になるのだ。  だから、天気のいい日は、海上から見える星空は、すっごくきれいらしい。  オレは以前に、そんな話を吾郎おじさんから聞いたことがあった。   そんなことを考えていたら、開演のアナウンスが流れてきた。 「そろそろ、はじまるな」 「うん、楽しみ!」  オレはこの計画を、大切に胸にしまっておくことにした。  まもなく室内は暗くなり、天井にたくさんの星が映し出される。  普段は見えないけど、夜空には、こんなにもたくさんの星があるのだ。  地球もこの中の星のひとつでしかないんだよな、と不思議な気分になった。 『ひしゃく型に並ぶ明るい七つの星が、北斗七星と呼ばれていて、北極星をさがすための目じるしにもなっています……』  館内のスピーカーから女の人の声が流れ、星の説明がされていく。  北極星は、一年中ずっと、北の空に浮かんでいる星である。  昔の船乗りにとっては、海の上でも方角を知ることができる、非常に大切な星なようだ。  次々と解説されるが、オレは勉強させられているという気分ではなかった。  天の川、織姫、彦星などの絵を表示しながら説明されるので、見ていて楽しい。  星座についての話が終わると、今度は物語がはじまった。  宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』だ。  きれいなCG映像で、星空の中を汽車が走りぬけていく。  オレたちは、主人公のジョバンニになって、銀河の星々を旅する気分を味わえた。
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