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「灼熱のマナよ、我が手に宿れ!」
オレの手のひらが熱くなって、火の球が生まれる。
サッカーボールぐらいの大きさだ。
父さんに教わった、吸血鬼のスキルであるファイアボールだ。
ほとんど練習したことがないので、威力は大したことはない。
熟練の吸血鬼だと、あたりを火の海にすることができるらしい。
「くらえっ!」
オレはファイアボールをポイッと、クマに向かって投げつけた。
クマは火を見ると、ズサーっと音を立てながら急ブレーキ。
だけど……。
「グォン!」
と一声ほえると、前足でファイアボールをはじき飛ばした。
ジュッという音がして、すぐに炎は消滅してしまう……。
そして、すぐにまた、ダッシュを再開した。
「くそっ! オレのしょぼいファイアボールじゃダメか」
クマの姿は目前にせまり、前足を振り上げる。
足の先の長くてするどいツメが、太陽の光でギラリとかがやく。
ブンッ、ブンッ。
「うおっ、あぶね!」
右左と交互に振り回してきたクマのツメを、ギリギリでかわした。
吸血鬼になったオレは、普段よりも身体能力が格段に上がり、岩を持ち上げる力もあるし、車みたいに早く走ることもできる。
だけど、クマの攻撃をまともに食らったら、ただではすまないだろう。
よくある物語のように、不死身の吸血鬼ってわけじゃないんだ。
「光のマナよ、我が指先に宿れ!」
人差し指の先が、金色に輝く。
親指と人差し指で銃の形をつくり、人差し指をクマに向けた。
「バン!」
オレの声と同時に、人差し指の先から、金色の光線が飛びだす。
とっておきのスキルであるフラッシュだ。
指から飛びでた光線は、クマの目のあたりに当たった。
よし、命中!
「グオオッ、グオオッ」
クマは頭をはげしくふりながら、苦しそうに暴れだした。
何が起きたのかというと、まぶしくて、目がくらんでいるのである。
このスキルは、ただ、まぶしい光を当てるだけなんだ。
相手の目をくらませる以上のことは、できない。
クマは目が見えないので、グルグル回りながら、ムチャクチャに暴れている。
オレはクマの体にぶつからないように慎重に近づくと、左の前足をつかんだ。
「うりゃあっ!」
気合いの声を上げながら、クマのことを投げ飛ばす。
こないだテレビでやっていた柔道の試合のマネをしたのである。
背負い投げってやつだ。
背中から落ちたクマはしばらく動かなくなった。
オレは油断せずに、クマのことをじっとにらみつける。
しばらくすると、クマはフラフラと起き上がった。
「まだやんのか? もう一発食らわせるぞ!」
オレは指を銃の形にして、人差し指をクマに向けた。
すると……。
「グオンッ、グオンッ」
クマはオレに背を向けて、山の奥へと駆けていく。
よし、逃げてった!
オレたちは助かったんだ!
ふー、よかった……。
いっきに気が抜けて、座り込みそうになる。
やばかった~!
フラッシュがきかなかったら、オレたちは、クマのエサになっていたかもしれない。
そう考えると、体がブルッとふるえる。
「すっごーい! ね、ね、あなた、マジシャン? あの炎や光はどうやってだしたの? とってもかっこよかったよ! お名前は? その髪と目の色、すっごくきれい! どこか外国の人なの?」
かくれていたヒナタが、しげみから飛びだしてきた。
興奮しているのか、質問をまくしたててくる。
多すぎて答えられるわけがないし、答えるわけにもいかない。
吸血鬼の正体はヒミツにしなくてはいけないルールがある。
「えっと、あのな……」
こいつには、夢だと思ってもらうことにしよう。
オレはスリープのスキルの準備をする。
「……眠りをつかさどるマナよ、我が腕に宿れ!」
眠りの魔術を唱えながら、腕の中に、ヒナタをかかえる。
「えっ……? なに、ちょっと……いきなり、こんなの大胆すぎるよ……」
「だいじょうぶだ、じっとしてろ!」
「ひゃ……ひゃい」
なぜかヒナタは、また緊張しているみたいだ。
すぐにオレの腕からうすいピンク色の霧が吹きだす。
「なん……だか……ねむ……く」
「おっと、あぶね!」
ヒナタの力が抜けて崩れ落ちるので、あわてて支えた。
様子を確認してみると、スピー、スピーと寝息をたてて、気持ちよさそうに眠っているようである。
これで、よし!
スリープは、はなれた相手や動いている相手にはまったく効かないので、さっきのクマとの戦闘には使えなかった。
じっとしている相手にも成功率が低いので、上手くいったことにオレはホッとした。
クマなんていなかった!
クマから助けてくれた銀髪で赤目の男子なんていなかった!
ヒナタは夢を見ていたのである!
そういうことにしておいた。
オレが吸血鬼であるというヒミツを守るために。
ちなみに、ヒナタから血を吸ってしまったのは、WVOのルール違反ではあるが、緊急事態ということで、ゆるされた。
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