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第四話:四丁目の古い書店
――四丁目の、四番目の曲がり角。僕と未散さんがそこに入ったのは、雨も降っていないのに、遠くで雷が鳴りだした頃だ。僕たちの目の前には、古く、貼り紙のしてある書店がある。ここが、宏太朗の話していた場所、そして、消えたという場所……。僕はごくりと生唾を飲んだ。
「未散さん。ここで、待っていてもらえませんか。もし、もしも……何か叫び声や大きな物音が聞こえたら、誰かに助けを呼びに行ってもらいたいんです」
まっすぐ、未散さんを見つめる。未散さんが頷いた。
「必ず、戻ってきて」
ひとつ、息を吐いてから建物の戸に手をかけた。ひどく軋む戸は、鍵でもかかっているかのように、なかなか開かない。だが、外から見る限りでは鍵はかかっていない。僕はほとんど力任せで、中へ入った。シンと静まり返った中へ入ると、後ろ手で戸を閉めた。開くときとは真逆で、閉めるときは簡単に閉まったのが不気味だった。
古い、紙の匂いがする。埃っぽい天井からぶら下げられた電球には灯りがついている。その灯りに照らされているのは、古そうな本たち。この建物は二階建てらしく、奥に階段がある。
「宏太朗……? いるのかい?」
僕の声だけが、建物に響く。足音も聞こえなければ、声もないのだ。宏太朗、いったいどこにいるんだ。僕は心の中で何度も問いかけた。すると、何かに背中をつっつかれたような感覚があった。はっと振り返る。
「うふふ」
そこには見知らぬ女の子がいた。鈍い僕にも、すぐにこの子が普通の女の子ではないことがわかった。だって、身体が透けているのだから――。
背中と額が汗ばんでいく。ドクドクと、心臓が強く速く脈打つ。
「あの人を捜しているのね? きれいで優しい、あの人を」
穏やかな口調なのに、冷たい声だ。だけど、この子が宏太朗のことを知っているのは間違いない。
「こっ、宏太朗を知っているんですか?」
僕が訊ねると、この女の子はニヤッと笑う。
「そう、宏太朗さまというのね」
教えてはいけないことを教えてしまった気がしてならない。
ひゅっと冷たい風が去るみたいに、女の子が姿を消した。あの子の姿すら目で追えていないのに、僕は二階へと続く階段を駆け上がっていた。戸と同じように、ひどく軋む。だけどそんなことには構わなかった。ほんのりと、ドアの下から灯りの漏れる部屋が視界に入る。直感で、ここに宏太朗がいると思った。
「宏太朗!」
叫びながらドアを開けるとそこには、背もたれのある椅子に座り、暗く遠い目をしている宏太朗がいた。気づくと女の子もここにいて、宏太朗の膝に擦り寄るように顔を乗せ、うっとりとした表情で言う。
「ここはあたしと、宏太朗さまだけの世界よ」
僕は女の子の言葉は聞かずに、ただ宏太朗にだけ呼びかけた。
「宏太朗、しっかりしろよっ」
女の子を無視し、宏太朗に駆け寄って、その肩を揺さぶる。久々に触れた親友の肩は、とても細かった。心が絞られたみたいだった。宏太朗が、大事な親友が――もう戻ってこないような気がして、怖くなる。僕は縋るような思いで、何度も宏太朗の名前を呼び続けた。女の子の高笑いが響いている。そのとき、宏太朗の唇が少しだけ動き出したことに気づいた。
「脚……その子の……脚……」
宏太朗は確かにそう呟いたのだ。
「脚っ?」
宏太朗に意識があることにすごく安心して、僕は背後を振り返った。宏太朗を失うと思った瞬間とは別の恐怖が僕を襲う。
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