第一歩

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第一歩

そして迎えた初出勤の日。 緊張で着替えの手が震えるほどの私に、千代が話しかけてくる。 「文子さま、今日は一段とお綺麗ですね。振袖姿もいいけど、袴姿もきりりとして美しくて。見惚れてしまいます。ね? 律子さま」 「本当の麗人は、地味な装いでこそ、美しさが引き立つものなのよ」 律子の言葉に、千代は感心したように頷く。 「そうなんですね、なるほど。律子さまは流石物知りですね」 「ふふふ。 “少女画報” の受け売りよ」 「でも、そんなことを覚えてらっしゃるって、やはり律子さまは頭がいいですね」 千代と律子の会話は、私の新しい門出を応援してくれているかのように弾んでいる。 「さあ、お嬢様方。遅刻してはいけませんよ。早くお食事を済ませましょう」 婆やが着物部屋に入ってきて、私たちを急かす。 千代のお給仕で朝食を終えて、私は早めに家を出た。 昨日、何度も学校(勤務先)までの道を歩いて、一番安全で早く着きそうな道を決めてあった。 女学校で、どなたか先生が、『用意おさおさ怠らず万事成る』と仰っていた。今、その言葉の意味が少しだけ分かった気がしている。 学生時代は、何の気なしに聞いたり学んだりしたことを、今後は折に触れて思い出し、学生さんたちに伝えたい……。 でも、そんな余裕があったのはその日の朝だけ。 勤務が始まってすぐ、私はてんてこ舞いで過ごすことになった。
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