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「若田先生はうちで一番お若い先生ですから、淡路さんと仲良くやっていただけると思いましてね」
校長先生の笑顔は、包み込むような優しさに満ちており、私は父のことを思い出してしまう。
「まあ、その。そうですね」
どことなく歯切れの悪い若田先生の返事に、
「初めて社会に出るに当たって、淡路さんが我が校を選んでくれた。これも何かの縁と思って、私たち皆で応援してあげようじゃないですか」
校長先生が噛んで含めるように言う。
「わかりました。じゃ、明日からよろしくね、淡路さん」
どことなく観念したように言う若田先生の態度に、若干不安は残るものの、私は挨拶を終えて家に帰った。
翌日、早めに学校へ行った私は、既に裁縫準備室で作業している若田先生の姿を見つけ驚いた。
「おはようございます。すみません、私来るのが遅かったでしょうか?」
「ううん、私はいつも早めに来ているの」
少し焦り気味に挨拶した私に、昨日とは打って変わって、若田先生は親しげに返事してくれた。
「淡路ーーじゃなくて、文子さんとお呼びしたほうがいいかしら?」
「どちらでも、先生が呼びやすいほうでお願いします」
「わかりました、文子さんと呼ばせていただくわ。今の時期、学生さんは一年のまとめとして、振袖を縫うことになっているんです」
私は先生に言われるまま、金糸、銀糸、豪華な刺繍糸を一纏めにする作業をする。
「この糸は、飾り襟に刺繍する物なの」
「素敵ですね」
「今日は布の裁断です。文子さんは生徒さんが失敗することがないよう、目配りよろしくね」
「はい!」
返事したものの、責任重大である。
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