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俺は人として当たり前の、他人の思考回路なんて見えない静かな世界を生きる。静かだけど、騒がしい世界。人の心など見えなくても良い。それが至極当然のことだ。だからこそ察するのだ。
AMANelが生成されなくなるのはいつだろう。抑制剤を投与しているから可視化していないだけで、実際に俺の中から完全に消えたわけではない。あれは使い方を誤ったらとても危険な薬物だ。自分の中にそんな恐ろしいものがあると思うと、自然と憂鬱にもなる。
俺の中からAMANelが完全に途絶えるまで、日本からは出られないのだと大和に聞いた。とても残念に思うが仕方ない。俺の作ったものがどこかに流出する危険性を考えたら、妥当な処置だろう。
「結城、たまには一緒に飯食おう」
昼休みにまた佐野が話し掛けてきたので、一緒に社員食堂に出向いた。今日は大和は見当たらない。一度研究室に戻って報告すると聞いていた。何の報告だよ。俺の穴をぶち抜きましたって? いやそうはならんだろ。
「佐野何食う? 俺は回鍋肉定食」
「んじゃ俺もー」
空いている席に座ると佐野が回鍋肉を口に入れながら話し始める。
「ねえヤッた? ちゃんと出来た?」
「――おまえな」
「俺に隠し事しても無駄だから」
周りが聞いたらどうするんだ。そして俺の部屋での出来事じゃないのに何故知っている。……あ、俺の皮下になんか埋め込まれてるんだっけ。嫌だな。取りたい。でも取ったらいけないやつ。
「データを取るなよ。そして俺に聞くな」
「いや、結城の体が心配だったから。俺これでも結城のことまあまあ好きなんだ。あ、変な意味じゃないよ勘違いすんなよ?」
「俺も好きだぞ佐野のこと。同僚としてな」
「――そりゃどーも」
俺に正体を隠すのはやめたということか? 変に隠されるより何者なのか教えておいてくれたほうが、お互い楽かもしれないけど。
ふと社員食堂に設置されたテレビから、大翔さんの音楽が流れてきた。昔俺に聴かせてくれた音楽とはかけ離れたメロディ。大翔さんは今、誰かと一緒にいるのだろうか。俺のことはもう忘れて。
別に忘れてくれて良い。ただ、大翔さんの傍に誰かがいて、それが幸せであれば良いと思ったのだ。
俺にとっては、既に過去だ。
「辛気臭い顔すんなよ。ほら、これやるから」
そう言って佐野は俺に未使用らしいスマートウォッチを差し出した。え? どういうことだ。
「それな、結城のモニタリングデバイス。健康面が数字でわかりやすい。まあ俺もまだ別の持ってるけどね、使い方は大和きゅんにでも聞いてくれ。んじゃ俺午後アポあるからもう行くー」
佐野は軽く言って立ち上がった。なんだかんだ付き合いやすいやつだ。俺は佐野を遠ざけたりはしない。もし今後俺を取り巻く状況が変化して、敵対しないとも限らないけれど。その時は、その時だ。
俺も午後出掛ける用事があったので、早めに席を立った。
天使と悪魔が不在の世界は、今日も静かに目まぐるしく動いてゆく。
《終》
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