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5話 諦めにも似た
仕事帰り、週二回くらいの頻度で島田をスポーツジムに連れていくようになってから、俺たちは少しずつ親しい関係へと変化していった。
ジムで汗を流したあと、一緒に夕飯を食ったり飲んだりする仲になったのだ。相変わらず丁寧で、天使と悪魔が騒がなければまったく問題のない男だった。
いろいろ話すうち、島田はしばらくどこかの研究機関にこもっていたのが、うちの会社の開発部門に出向という形で来ていることがわかった。研究内容についてはまたしても「機密事項なので」と躱されたのでわからない。なんだか謎めいている。
それにしても、どうも島田は本当に俺に気があるようだった。何故だ。
「島田ってもしかして、……俺の体に興味があったりするのか?」
ジム帰りに寄った小料理屋のテーブル席で、俺はビールを飲み牛すじの煮込みをつつきながら軽く聞いてみた。
しまった、なんかいやらしい響きの質問になったかもしれない。体に興味ってなんだよ。
そうも広くない店内には、俺たちの他に会社帰りのサラリーマンや、気心の知れた友人同士の集まりなどでそこそこに賑わっていた。ゆったりとした音楽が小さく流れ、大騒ぎするというよりは落ち着いた雰囲気の店だ。汗をかいたあとのビールがやたら旨い。酒が入るつもりで車では来ていなかったので、今夜は気兼ねなく飲める。そうは言っても、大して量は飲めないんだけどな。
向かい合って焼き魚の骨に苦戦していた島田は、特にいやらしい響きを感じなかったのか、俺の疑問にすんなり答えてくれた。
「だって結城さんの体ってよく整ってるし、見てると飽きないから。何か目指すところあって肉体づくりをしているんです?」
そんなふうに言われると、なんだか顔が綻んでしまう。
俺の目指すところとはなんだろう。悪魔グレネリのような肉体か。だがそれは島田にはどうあっても説明できない。だけどきっかけは……ジムへ通うようになった理由を、俺はふと思い出した。
「俺が島田ぐらいの時って、自分にあまり自信がなかったんだよな多分。当時付き合ってた人も、俺のことどこか下に見てるような気がしてた」
「自信……ですか」
「別れた経緯はよく覚えていないんだけど……そのあと自分に自信をつけるために筋トレを始めた気がする。それからしばらく誰とも付き合わず一人だな……」
あまり気にしていなかったが、こんなに恋人って出来ないものか。なんだか寂しい。
「いや、結城さんならすぐ出来るでしょ。その気になれば……」
既に少し酔っているのか、島田の目が潤んでいる。これは俺を誘ってるのか。
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