32人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
6話 夢の残滓
なんだかとんでもなく嫌な夢を見た気がするが、目覚めとともにおぼろげになってしまった。所詮は夢なので気に留める必要などない。朝からのんびり不機嫌になっている場合ではなかった。
七月の午前五時、既に太陽が昇り空は明るい。朝のルーティンであるジョギングのため外に出ると、昨夜降った雨はすっかり止んでいて街路樹をきらきらと輝かせていた。気持ちの良い朝だが、どこかにわだかまりがある。
五キロほど無心でジョギングして部屋に戻ってきて、シャワーで汗を流すと濡れ髪のまま朝食の準備に取りかかる。
四枚切りの食パンを二枚トースターに突っ込むと、焼けるまでの待ち時間にベーコンエッグを作り、レタスを千切っておく。卵は両面焼きにしてカリカリに仕上げるのが好みだった。
ベーコンの焦げる匂いが空腹を刺激した。お湯を沸かしインスタントのポタージュとデミタスカップにエスプレッソを入れ、ローテーブルの上に簡単な食卓が整う。二人分だ。昨夜は想定外の来客があり、半ば強引に泊まられた。まだ寝ているが放っておくことにする。
「いただきます」
朝は食べていかないと頭が動かない。テレビはつけない。静かな一人の時間が貴重だから、今はそれを堪能するのだ。天使と悪魔が騒ぎ出すと厄介だけど、今はまだ出てこない。
「あー……あれか……」
昨夜島田に、昔のことを話した。付き合っていた当時の恋人と別れた話とか、自分でも忘れていたのに。
詳細には思い出せない。あえて忘れているのだろうが、どんだけ嫌な思い出なんだ。
✕✕さん。それと弟の……忘れた。なんだっけ。✕✕さんの顔も、弟の顔も結局は思い出せなかった。しかし断片的に✕✕さんにされたことが蘇る。
「あー……ネコね……ネコちゃん。はい……はい……把握」
うっかり思い出してしまった。俺は男に抱かれる側、いわゆるネコだったのだ。真剣に忘れてた。普通忘れるか? 男としてのアイデンティティが揺らぐ。
そしてそのことが島田の悪魔に伝わってしまったのだろうか。何故だ。
「欲求不満なんだよ、結城。早く大和と付き合って心も体も満たしてもらえよ。そしたらそんな夢見なくなる」
「そうですよねえ。私も見てましたけど、かなり……ふふ、これ以上天使の口からは言えないくらいのことされてましたねえ。忘れていいですよ恥ずかしいから」
もやもやしていたら、アマネルとグレネリが姿を見せた。くそ……うるさいやつらが出てきてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!