7話 可愛いがすぎる

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「結城さんは怖いんですね? そんなものは新しい恋人が出来ればすぐ氷解しますよ。大和くんはきっとあなたの問題を解決してくれます」  アマネルが俺を優しく諭す。 「大丈夫……もう嫌なことは忘れましょうね」  なんとなく心が落ち着いてきた。アマネルの言葉は俺のネガティブな部分を取り払ってくれる。過去の記憶に靄がかかる。   「紡久さん、このあと食事どこに行きますか?」  ジム備え付けのシャワールームで、水音に混じった島田の呼びかけに、内なる思考に籠もっていた俺ははっとした。  悪魔の囁きを受け入れて俺をいつ誘うのか、理性的な天使に牽制されているのか。向こうも距離感をはかっているんだとは思うが、相手の心の葛藤が聞こえて内情を知っている以上、出来ればなんとか良い方向に進めたい。俺が言ったっていいんだろうけど……。え、なんて言うの? 俺のこと好きだろって? おこがましいな。 「言っちゃえよ結城。簡単じゃん。大和の意向もわかってるんだぜ?」  ううむ。  この前夢を見て思い出したが、俺ってどうやらネコちゃんらしい。だけどここしばらく本当に誰とも性的な接触をしていないので、今更二十歳そこそこの時と同じ感覚でいて良いのか、甚だ疑問だった。  ……俺まだそういうこと出来る? わからん。どんな感じだかも覚えてない。そして、こんなことは誰にも聞けない。 「いいんですよ結城さん、体に素直になれば……。過去は置いといて今は目の前の大和くんをなんとかしましょ」  とりあえず今は、今夜の店を決めなければ。 「うーん……何食いたい?」 「肉系ですかね……紡久さんは?」  区切られたシャワールームではお互いの姿は見えない。頼りない仕切り越しに、お互いシャワーに濡れた裸体を晒している。  こんなことを考えたらいけないが、もしここで島田が悪魔の誘惑に乗って暴走したらどうなるだろう。  心臓がぎゅっとなった。島田がそんなことするわけない。何を根拠に? だって後々気まずいだろ。あと普通に俺たちの他に人がいる。 「大和がおまえを誘うの待ってないで、こっちから誘えよ。おまえは美しい筋肉に愛された一人の男だろ! 筋肉を信じろ」  グレネリは筋肉信者か何かだろうか。  けれど、ちょっとぐるぐるしてきた今の俺に、グレネリの言葉は正直救いではあった。筋肉を信じろ。意味不明だが信じとけ。筋肉があれば大抵なんとかなる。 「そうですよ結城さん。たまには宅飲みでもしないかって軽く誘ってみては? お互い腹を割って話してみるとか、ね」
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