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9話 AMANel《アマネル》
ジムを出てコンビニに寄って弁当や酒やらを買ってから、俺の車で家に向かう。家……と言っても会社の近くに借りているメゾネットだがそこそこの広さはあった。
玄関を開けてすぐに階段、二階に上がると俺の居住スペースがある。狭くなるから家にはあまりトレーニング器具などは置かない。今まで手掛けた会社のイメージアップを図る車のポスター。家に帰ってまで仕事から離れられない。仕事に打ち込んでいれば俺はなんとかなる。何かから逃避するように。元々車が好きだからこの業界に入った。朝の渋滞が嫌だから会社の近くに家を借りた。
「お邪魔します。良いお部屋ですね」
会社関連の資料やら車のカタログなんかが棚に入っているくらいで、あとは寝るためのスペース、クローゼットには仕事用のスーツが何着か。私服はそんなに多くない。
二人で使ったらすぐ一杯になるローテーブルに弁当と酒を広げ、椅子などはないのでラグを敷いた床に差し向かいで座った。佐野がたまに来るが、島田を家に上げるのはなんだか勝手が違ってどきどきした。
「うん、まあ……どうする。とりあえず食うか? 腹減ったよな」
例えば恋愛もののドラマとかなら、気持ちの通じ合った二人が玄関のドアをくぐるなり、我慢出来なくてキスしたり抱き締め合ったりなんてシーンもあるのだろう。だけどそんな激情はない。どこかに不穏なものが潜んでいて、静かな緊張感がある。
なんて思っていたら、島田の腹が弁当の匂いに空腹を訴える音を立てた。なんとなく雰囲気が硬かったので、それで少し場が和む。
「……確かに、空腹ですね」
緊張感が緩んで思わず笑いが洩れると、島田はばつが悪そうに鳴ったばかりの腹の上に手を置いた。
「食べましょうか」
それから俺たちは静かな部屋で簡単な食事をした。コンビニで買ってきた弁当と野菜スティック、カップの味噌汁に湯を注ぐとふんわりとした味噌の匂いが漂う。もし今度二人で家で食べる機会があったとしたら、何か作ろう。あれ、なんか俺一級フラグ建築士かな。いやいや、自分でフラグ立ててどうする。
「島田は自炊ってする?」
「手順どおりに作ればそれなりのものは作れますが、どうせ食べるのは自分一人なのであまり力が入りませんね」
「誰かと一緒に食うとまた違うかもな」
「紡久さんとなら、作れそうな気もします。……さっきの続き、食べ終わってからのほうがいいですか?」
俺に問いながら、島田は野菜スティックの中から大根を摘んで口に入れた。小気味よい咀嚼音がした。
「島田の都合でいいよ」
「では食事しながら失礼します」
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