13話 紅煉《グレネリ》

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「他人の声がうるさくて仕方ないだろう。そりゃそうだ。無作為に聞こえる大勢の思考回路なんて、まともに浴びたら気が狂う。  おまえはある薬物の過剰摂取により脳の限界突破が起こり、他人の思考回路をどこまでも見通せる特殊能力を得た。迷惑な話だよないらんだろそんなもん。  ここにいるやつらは人権などより、その能力をどのように利用するかしか考えてないぞ。少なくともおまえを国内に閉じ込めておけるだけの権力を持った組織だ。おまえたちは狭い箱庭の中で実験に使われたんだよ。その中で唯一おまえが優秀な成果を出したというわけだ。嬉しいか? 嬉しくないな。  ここから出たいだろう。だがおまえがでかすぎる能力を持ったままでは、到底野放しには出来ない。脅威だからだ。  そこでオレが能力に制限をかけてやる。可視化出来る内容を『葛藤』に絞ろう。人の迷いがオレを生かす。おまえはそれをオレに与えるのだ」  こいつは長々と何を言ってるんだ。悪魔? とうとう頭がイカれたのか俺は。 「おまえが見聞きしたものを、情報の洪水の中からオレなりにまとめてやってるんだよ。ありがたく思え」  グレネリは少し不満そうに鼻を鳴らし、だがすぐに笑った。  「オレに任せておけよ。おまえの名代(みょうだい)として交渉してやろう。時間はかかるかもしれんが必ず外に出し自由をやる。どうだ悪魔と取引するか?」  どうでも良い。今よりも良くなるのであれば。 「ならば契約だ。今おまえは精神の衰弱が激しい。少しばかり記憶を封じ、安定をはかろうじゃないか。だがそれは永続的ではない。おまえの精神が耐えうる条件が揃った時に、思い出せ。そうだなあ……オレは親切だから、葛藤をわかりやすく天使と悪魔の姿に変換してやろうか。幸いにしておまえには既に天使がついているようだし、仲良く出来ると良いな」  勝手に進めてくれる。だけど俺はここから本当に出られるのだろうか。  天使が……ついている? 「美しい天使だが、少し大翔に似ているな。大翔のゲノムを大量に取り込んだからかもしれんなあ。何せ中にたっぷり注がれたからな。――オレが言うのもなんだが、おまえ少しは自衛したほうがいいぜ?」  ゲノム……。  取り込む……気持ち悪い……不快感しかない。 「可哀想な大和はきっとおまえと再び出会う。それまでおまえは誰のことも好きにはならない。これは契約ではない。――オレがおまえにかける、呪いだ」  何故か苦々しく呟いて、グレネリはしばらく沈黙した。 「……とりあえず今は眠れ。次に目覚めた時、おまえはすべてを忘れている」  俺が社会復帰を果たしたのは、それから半年後のことだった。
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