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「いろいろ思い出したんだけどさ。俺ってどれくらいの間、世の中から消えていたんだろうか。……あ、この辺のこと大和は把握してるのか?」
外で話して良い会話か判断出来なかったが、NGならストップをかけるだろう。思い出したはいいが、やはり隔離病棟にいた時の時間の流れがよくわからなくて、ふと疑問になったのだ。
周りに聞いている人がいないと判断したのか、大和が記憶を探るように呟いた。
「紡久さんが大学に入った翌年の、十ヶ月間ほどの出来事かと。交通事故に遭って長期入院していたことになっています。その間休学扱いで。紡久さんはだから、他の人より一年遅く大学を出てますよね」
十ヶ月か……長いな。その地獄からなんとか生還したわけか。グレネリが交渉したらしいけど、そこは覚えていない。無理に補完することもないのか。
「ODで意識が戻らなくなって搬送されたのはあなただけだったけど、うちの屑もしばらく入院してましたね強制的に」
「うちの屑」
「隠語です。外なので念のため」
「まんまだな」
「子供だったなと、思います。もっと正しく物事が見えていたら、あなたを苦しめることもなかったのに」
「――少なくとも大和のせいじゃないだろ」
声のトーンが明らかに落ちたので、俺はその背中をぽんと叩いた。
大和が悪いわけじゃないのだ。
俺のガードが緩いのが、いけない。グレネリにも言われたことだった。
しばらく黙っていた大和が、ある地点で急に立ち止まった。
「……おなかすきました」
何を突然、と思ったら大和は通りすがったハンバーガーショップの看板をじっと見つめていた。食いしん坊だなおまえ。……ああ、抑制剤の件で食が進むって言ってたか。でもこの店はまだ開店前だ。どこかやっているところを探さないと。
「体の変化……って、ほんとに肌の色と腹が減るだけなのか? 他にも症状あったりは……」
ふと心配になって尋ねたら、大和は少し言いにくそうに声のボリュームを下げた。
「実はもうひとつあって。警戒されると嫌なので言わなかったんですけど」
「え、なんだよ」
「……やたらと紡久さんに欲情します。役割を果たそうとしているのかも」
「そ、そうなんだ……ふうん」
何か本能的な部分なのかな。なんだか落ち着かなくなったが、大和は冷静に続けた。
「でも僕には理性があるので、性欲だけに従ったりはしません。とりあえず朝食にしませんか。もう少し行くと二十四時間営業のファミレスがあります。食欲を満たします」
大和の腹がぐうと鳴った。
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