16話 ゆらぎ

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16話 ゆらぎ

 ジョギング途中に空腹を訴えた大和のためにファミレスで朝食を摂ったあと、以前雨の日にタクシーで寄ったことのあるマンションにやってきた。会社で借り上げている単身者用のマンションなので、同じ会社の人間に会う可能性もあったが、会ったら会ったで構わなかった。しかし開き直ると何故か出くわさないものだ。誰にも会わずにエレベーターに二人で乗り込む。  ここに来たのは着替えたいからというのが理由だったが、その際に大和の天使と悪魔が騒いでいた内容から、俺は事情を察していた。  俺の部屋には盗聴器が仕掛けてある。そして仕掛けたのは、佐野だということ。昨日うちに来ていたのは、気のせいではなかったようだ。ああこういうのが本来の力の使い方なのかな? まあ……いらんけど。  ちょっとため息が出た。仲良いと思ってたけど、向こうは違ったのかなとか……いやでも佐野だって好きでやってるわけじゃないんだろうし。  大和自身の口から、佐野がどうのという発言はまだ出ていない。言う気があるのかは判断出来なかった。言ったところで、多分どうにもならない。俺は監視対象なのだ。 「三階です」 「……おー」 「なんか緊張してます?」 「や、そんなことはないけど。……また昨日みたいな爆弾投下しないよな?」 「爆弾って?」 「告白の続きかなーと思ったら唐突に不穏な話になったり、そういうのだよ。こっちは軽くパニック起こす。え、なんの話してたんだっけ? ってなるからさ。もっと雰囲気大切にしろよ」 「ごめんなさい。会話下手で……」  エレベーターが三階で停止した。大和が降りたのでそのあとに続く。緊張しているのかと問われ、緊張している自分に今更ながら気づいてしまった。  あれ……もしかしてなんかする?  わざわざ聞かれている可能性のある俺の部屋から移動してきたというのは、そういうことなのか。昨日俺「断る」とか言って、前言撤回する機会もないままなんだけど、グレネリがあの時厨二病全開で地獄の門を開かなければ、多分俺はこの体を預けてた……気がするのだ。  どのみち、大和の体液が俺には必要なのか。……体液……体液って。エロくない? なんでそんな設計してんだよ抑制剤。 「この部屋ですよ……紡久さん?」  考えごとをしていたら呼ばれたので、慌てて開かれたドアをくぐった。
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