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「では、僕はこれで失礼します。お付き合いいただきありがとうございました」
先に食べ終わった島田が軽く会釈した。腕時計を見ると、俺ももうそろそろ戻らなければならない時間になっていた。残念だがタイムアップ。
「良かったらまたお昼ご一緒させてください」
去り際に島田が、社交辞令だかなんだかわからない言葉を残していった。社交辞令でないと良いのだが。
「ああ、是非」
その後ろ姿からは、天使と悪魔の気配は感じられなかった。一人になってしまった俺も、カレーをさっさと平らげて仕事へ戻ることにした。
✢ ✢ ✢
「ゆ、う、きー♡」
食べ終わったあとのトレイを下げようと返却台のほうに歩いていたら、唐突に背後から肩を叩かれた。思い切りが良すぎて痛い。声の主が誰だかわかっていたので、俺は嫌そうに振り返る。
「佐野……痛えよ馬鹿」
にやにやと意味深な笑顔を浮かべて俺の後ろに立っていたのは、年齢的には俺より一つ下で同期入社の佐野だった。佐野も同じ広報部に所属している。俺は大学を人より一年長く在籍しているので、同期は年下であることが多い。佐野は人懐こくて表情豊かで、全体的にコンパクトな印象の男だった。何をそんなに楽しそうにしているのだろうか。
「仲良いんじゃん、噂の島田くんと知り合いだったのかあ?」
「さっき知り合った。噂なのか?」
「だって目立つし。クォーターって聞いたよ。噂だと飛び級で大学出てるらしいから予想以上に若い。頭良いみたいよ」
なんでこいつこんなに詳しいんだろうか。情報通か。
「いくつなんだ?」
「二十一かな? あと……いや、これはいいや」
「なんだよ? 言えよ」
「んー……。ミュージシャンの大翔の弟だってさ。本人はあまり言いたがらないらしい。確かに顔似てるよね」
「……ああ」
さっきの不機嫌な顔を思い出す。なんだろう、仲が良くなかったり?
佐野は俺の顔をまじまじと観察して「ま、頑張って」と訳知り顔をした。え、何を頑張るんだ?
「結城に合いそうな相手じゃん?」
「……何を根拠に?」
佐野は俺が楽に過ごせる、数少ない相手だ。何故かこいつには天使と悪魔がついていない。それ故に考えていることもまったくわからない。己の洞察力が試される。だけどそれで良いのだ。
みんながこうだと平和なのに。
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