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 ちなみに一人暮らしを貴紀に勧めたのも父だ。  大学は実家からでも通える距離だったが、就職を前に自立しておけというひと言で、貴紀は下宿することになった。  大学のすぐそばにある貴紀の下宿先には、演劇サークルの仲間がしょっちゅう泊まりに来ていた。  毎日毎晩演劇三昧。演技が上手い者も下手な者も器用な者も不器用な者も皆、演劇が好きという共通項で繋がっている幸福な空間。  それが大学卒業と同時に終わってしまうのは嫌だ。  今までぼんやり見えていた視界の照準がぴたりと定まって、急にクリアになった感覚。  貴紀は大学三年生になってはっきりと自覚した。  この先の人生を、父の跡継ぎとしてでなく、俳優として生きていきたいと。  だから優也から劇団マルキノのオーディションの情報を聞いたときは、胸が躍った。  マルキノの舞台は、高校生の頃から劇場に通って観ていた。  主催の丸木勇海が専業の俳優だった頃に出ていた映画も全部チェック済みだ。  劇団マルキノは、貴紀の好きな俳優が主催をしている、大好きな劇団だった。
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