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 今この室内には、丸木を含めた三人の審査員の前に、沢木と貴紀を含めた五人の候補者がいる。  沢木はこのオーディション最後の組の、四番目の椅子に座っている。  つまり沢木をふくめた四人の候補者が、自己紹介と求められた演技を披露した後というわけだ。  残る五番目の椅子に座っているのは、貴紀だった。  ここにいる沢木以外の全員が貴紀に向けて、お気の毒様、と言いたげな空気を漂わせていた。  それは貴紀がいかにも、同情を買いそうな見た目をしているせいでもある。  まずここにいる八人の中で、貴紀は一番背が低い。  軽く一八〇はある沢木の隣でちんまりと椅子に腰かけている。  目にかかるすれすれの艶のある黒髪は控えめで暗い印象を与えるし、チャームポイントである両目の下にある泣きぼくろが、正面の審査員席からは彼の不安を物語っているようにも見えたかもしれない。  子役時代からプロの俳優として活躍している沢木の本気の演技。  あんなものを見せられた後だと、誰がなにをしたって霞んでしまう。  貴紀に対して、最悪のくじを引いちまったな、という同情の空気が漂っていた。
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