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 だけど、当の貴紀は冷静だった。  自分は沢木のようにはなれないし、彼と同じような演技はできない。  自分のできることも、今やるべきことも貴紀にはちゃんとわかっていた。  それは彼も沢木と同じように、幼い頃からずっと演劇と触れ合ってきたからこそ、自覚できることだったのかもしれない。  小学校に入る前に児童劇団に所属したことをきっかけにして演技にのめりこみ、小中高、そして今通っている大学でも演劇サークルに入って舞台演劇を続けている。  もちろん貴紀もここにいる誰もと同じように、今しがたの沢木の演技には驚いていた。  だけどそのことで自分がブレるわけにはいかない。  貴紀に許されたチャンスは、このオーディション、一回のみなのだ。  今回の募集は対象年齢が低いため、この勝負を舞台俳優として生きるためのラストチャンスとして挑んでいる人間は、おそらく貴紀一人だろう。  だから身震いした。  隣の、四番目に披露した沢木の演技の気迫に、自分と同等の本気さで挑んできている人物を発見した嬉しさで、貴紀は興奮していた。 「じゃあ、最後の彼。五番目の方、自己紹介からお願いします」  丸木が緊張をほぐすかのように投げかけてきたやわらかい声に、貴紀は静かに立ち上がって、ゆっくりと一礼した。 「(みゆき)貴紀、二十歳です。よろしくお願いします」  隣から、はたち…と呟く沢木の呆然とした声が聞こえた。  きっと十八の沢木は、貴紀が自分と同じ最年少だとでも思ったのだろう。  丸木の視線の隙を縫って、二つ年下の沢木をにらみつける余裕すら貴紀にはあった。
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