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「ねえ、貴紀の組にさ、俳優の沢木央がいたでしょ」 「うん、いた」 「あの人、僕と同じ組だった人たちに噂されてたよ。子役上がりのイケメン枠が、今回の厳しいオーディションに受かるわけないだろ、とか言って」 「ハハ、落ちるな。そいつら」  貴紀は、アイスコーヒーと一緒に買ったミルクレープの半分を頬張り、生クリームだらけの口の中で笑った。  俳優・沢木央をイケメン枠として捉えている時点で、その噂をしていた彼らの合格はありえない。  『自然体』と言われる世間一般の沢木の評価を鵜呑みにしているのだろう。  彼は演技をしているわけではなく、ドラマの中でただ自然な姿で存在しているだけなのだと思っている。  沢木の演者としての技術の高さに気づけていないのなら、演技をする者として致命的だ。  また、沢木と貴紀と一緒の組だった候補者の三人は、沢木の演技後に諦めのため息を吐いていた。  それはきっと、自分の目指す先に沢木がいるからなのだと貴紀は思う。  努力しても沢木にたどり着けないことを悟ったため息。  言い換えれば、自分の強みを把握できていなかったゆえのため息だ。
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