1

8/9
前へ
/151ページ
次へ
 俳優は一種類じゃない。  スターになる者もいれば、脇役を極める者もいる。  ライバルでありながら、同じ土俵に立って相手を受け入れ、尊重できないと成り立たない不思議な職業だ。  誰かを蹴落として上に昇るわけじゃない。  誰かに蹴落とされて諦めるわけじゃない。  自分との戦いなのだ。  残り半分のミルクレープを口に詰めたところで、背後から肩を叩かれた。  向かいの優也の上目遣いの視線をたどって振り返ると、そこには噂の沢木がいた。 「ねえ、あんた、名前なに?」  たった今肩も叩かれたし、目も合っているから、自分に質問しているのだとわかる。  どうやらさっきのオーディションでの貴紀の自己紹介は、沢木の耳に入っていなかったか、忘れられたかのどちらかのようだ。  まあ人の名前なんて、覚える気がなければすぐに忘れるものだ。  というか、はたち…と沢木が呆然と呟いていたことを思いだし、自分より二歳も年上だったことの衝撃で、貴紀の名前に意識がいかなかったのではないかと推測した。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

122人が本棚に入れています
本棚に追加