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「笑ったの初めて見た」
原田の言葉でハッとした衿子は、首を横に振りながら元の無表情に戻す。
「ごめんなさい。今のは忘れて」
「どうして? 笑ったらだめなのか?」
「ダメ……というか、イメージと違うじゃない?」
「まぁクラスでは"高嶺の花"だもんな」
「……何それ?」
「何でもない。独り言」
「そうなの? とにかく"勉強ばかりで人見知り"くらいでちょうどいいの。新しいことをして好奇の目で見られるのは避けたいかなって」
「ふーん」
原田は特に相槌を打つでもなく、水を撒き続けていた。彼にとっては普段と変わりのないものでも、衿子にとっては新鮮なこととして目に映る。
「いつも水撒きをしてるの?」
「晴れてる日はね」
「雨の日は? 休み?」
「温室の中で別の作業をしてる。文化祭用の鉢植え作りとかね。結構な種類があるよ」
衿子の視線は温室に注がれる。見てみたい気もするけど、園芸部員でもない私が中に入るのはきっと変だ。諦めよう。
それから衿子は水を浴びて輝いているピンク色のバラを指差す。
「これってストロベリーアイス?」
「正確」
さりげなく微笑んだ横顔に、衿子は一瞬呼吸を忘れた。
よく考えてみたら、クラスが同じというだけで、彼のことは見た目からの情報しかなかった。何度か言葉を交わしたものの、深い会話にはなったことがなかったし、何より私が人に興味を持てなかった。
なのにこうして彼と話して、少しだけ彼の内面に触れて、見た目とのギャップに心が惹かれ始めている。もう少し話してみたいーーそんなふうにさえ思えた。
そしてそれと共に靴箱に入れられたバラと、園芸部の原田が、一本の糸で繋がっていく。
「……もしかして、昨日私の靴箱にバラを入れたのって原田くん?」
原田は花を見たまま、不敵な笑みを浮かべた。
「さぁ。どうだったかな」
普通違っていたら否定するわよね。しないということはやっぱりーーすると原田が突然笑い出した。
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