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私は定年退職をして、安寧の日々を送っていた。
隣にはもちろん…………
植木さんがいた。
私はずっと独り身だったが、植木さんがいるから寂しくない。
「それにしても、あなたがこんなに長生きするとは思わなかったわ」
私は、椅子にもたれながら、植木さんに語りかけた。
「それは、好子さんが丁寧に育ててくれたおかげですよ」
「あら、嬉しい事を言ってくれるのね。
私もね、感謝してるのよ。あなたは、私の命の恩人なんだから」
「恩人だなんて、大袈裟ですよ」
「本当の事よ。あの時あなたがいなければ、私は……。
ふふ、昔語りをするなんて。私ももう年ね……」
最初に植木さんが出てきた時は、彼の方がおじさんだったのに、今では私の方がおばさん……おばあさんと呼ばれてもおかしくない年齢になってしまった。
「…………ねえ、植木さん」
「はい」
「手を、つないでもらえる?」
「いいですよ」
肘掛けの上に置いた私の手を包むように、植木さんは手をつないでくれた。
「あたたかいわね……。
このまま、少し眠ってもいいかしら……?」
独り言のように、ぽつり、ぽつりと言った。
「好子さん……?」
私は眠ってしまい、植木さんの声はもう聞こえなかった。
「…………眠ってしまったようですね。
おやすみなさい、好子さん」
おやすみなさい……。
今日も、いい夢が見られそうだ。
私の姿は、あの時の着物のご婦人の姿にそっくりになっていた──。
── 植木編 完 ──
次回、caseB ハナ編
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