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お父さんがトランクに後部座席にと、これでもかというほど荷物を詰めこんでいく。バットにヘルメットに、ジャグからタープまで。あたしは眠い目をこすって助手席へ座り、手伝いもせずに詰めこみが終わるのを待った。
雨が降ればいいのに。どしゃっと。
「あいつらちゃんと昨日の課題、見直しやがったべかな」
アクセルを踏みこみながら、お父さんは嬉しそうに独り言をつぶやいていた。あたしは眠ったふりをしていた。眠ったふりをして唱えた。雨よ、降れ。早く。と。
「おい、亜衣。寛二は。素振りしてって学校で言ってたべか?」
一度知らんぷりを決め込んだが、すぐに同じ質問が飛んできた。ため息をついて目を開けた。
「……知らない。クラスも違うさ」
「そっか。あいつはなぁ、本番になったら固くなってしまうべな。したって、それさえなけりゃな。あいつはもっと上手くなる。あ、言うとだめだべ。あいつには」
言うわけないさ。応えることなく、窓の外を見た。窓を開けると牛たちの強い匂いでむせそうになるから開けない。朝露をまとう草花がいやみなほどきれいだ。
伯父さんが言うように、この町はイマドキ珍しい。
野球人口は減っているとニュースでも言っているのに、この町の野球人口はいっこうに減らない。それもこれも、四十年も前にこの町唯一の高校である半別高校が甲子園に出場したのがきっかけだ。
半別高校、通称N高が甲子園出場を決めた当時は町全体がフィーバーだったという。視聴率はおそらく百パーセントだったとおじいちゃんが言っていた。町役場では今も擦り切れまくった当時の試合映像が流されている。こんな小さな村もどきの町に球場まで作らせてしまったのだから、そうとうってものだ。
当時からこの町では子供たちに野球をさせてきた。当時を知る子供は同じようにN高で甲子園に出たいと願った。当時を知らなくなっても大人たちが語り継いできた。そして、あろうことか、当時の当事者である高校生たちがあたしの親世代ときた。熱量は言うまでもない。
町がそうであろうと、あたしは野球に興味なんてこれっぽっちもない。日曜は朝から観たいテレビがあるのに、いつも録画したものを夜に観ることになる。
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