一組の幼馴染み

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「イアン! 大丈夫!?」 「あぁ……。このくらい、大した事ない……」 セリスは、直ぐにイアンの傍らに屈むと、彼の体を支えながら心配そうに覗き込んだ。  そんな彼女を更に心配させまいと、イアンは気丈に振る舞う。だが、その端麗な顔に浮かぶ表情や声色からは、苦痛の色が隠しきれていない。やせ我慢をしているのは一目瞭然だった。 (嘘つき。本当は凄く痛いくせに。)  セリスは心の中で呟いた。 口に出さないのは、イアンが自分を心配させまいとしているのが解っているからだ。  それでも、自分のせいで怪我をしたのだ。セリスは悲痛な面持ちをする。 「……。ごめんね。私のせいで、こんな酷い傷を……」 「それは……違う。お前の、せいじゃない。俺の失態、だ。だから……気にするな」 そんなセリスに、イアンは負傷した背中を庇いながら、彼女の頭に手を置いた。 「それより、お前に……怪我はないな?」 「う、うん。私は大丈夫」 「なら……良かった」  イアンはセリスの無事を確認すると、痛みをぐっと我慢しながら、ゆっくりと立ち上がる。  そのまま歩き出そうとするが、痛みで直ぐに膝をついてしまう。  セリスがイアンに肩を貸すと申し出るが、彼はそれを「いい、大丈夫だ」と断り、再び自力で立とうとする。 だが、やはり難しいようで、なかなか立つことが出来ない。  見兼ねたセリスは、ため息をつくとイアンの腕を自分の首に回し腰を支え、立つのを手伝う事にした。 「全くもう、また何を意地張ってるの……」 「悪い」 セリスの呆れたような物言いに、イアンはバツが悪そうな顔をする。 「いいよ、別に。慣れてるし。ほら医務室行こう。早く手当てしてもらわないと」 「あぁ……」 こうして、セリスはイアンを支えながら、医務室へと歩き出したのだった。  険しい顔で歩くイアンの顔を窺いながら、ゆっくり歩みを進めていく。するとーー 「ッッ!!」 数歩進んだ所で痛みが酷くなり、イアンがバランスを崩し彼のグラッと体が傾き危うく倒れそうになる。しかしーー、 「っとと!」 すんでの所でセリスが支えている腕に力を入れて、彼が倒れる事を防いだ。  そして、そのままイアンをゆっくり地面に下ろし座らせ一旦様子を見る。 「大丈夫? まだ歩けそう? 無理なら、誰か背負ってくれそうな人を探すよ?」 「いい……平気だ。……他の奴らも……忙しいだろ」 「そうだけど……」  どう見ても先程よりも苦しそうにしている。それでも、頑なに大丈夫だと言い張るイアンに、セリスは困ったように眉根を寄せた。  その時。 「お、居た居た! おーい! 二人共!」  後方から誰かが声をかけてきた。 「あ、ガレン」  セリスが振り返り声がした方を見ると、額が見える程の短い前髪をした短髪の活発な少年のような風貌の男が居た。  彼の名前は、ガレン・ファイラ。  セリスと、イアンと同じ宮廷魔法士の一人である。  ガレンは二人に駆け寄るとセリスの隣に、しゃがんだ。 「どうした? こんなところに座って」 「あのね、イアンが……」 「おい、セリス……」  セリスが、ガレンに説明しようとするとを、イアンが制した。  だが、彼女は構わずに言葉を続ける。 「……イアンが怪我しちゃったから、医務室まで連れていきたいんだけど……。私だけだと余計に辛そうで」 「怪我?」 「うん、背中を。」 ガレンは、イアンの背後に回り彼の背中を見やる。 「ありゃー、これは随分やられてるな。イアンにしては珍しいんじゃね? ……もしかして、セリスに何かあったか?」 「……うる、せぇな。なんだって、いいだろ……」 ガレンにからかわれ、イアンは険しい顔で睨む。  しかし、その顔は痛みで歪み迫力はない。  そんなイアンに、ガレンは苦笑いを浮かべると、セリスに話しかける。 「悪い悪い。で? 医務室に連れてけば良いのか?」 「うん。イアンを支えるの手伝ってほしくて」 「ったく、仕方ねぇな……。セリスはそっち側、支えてやってくれ」 「分かった」  ガレンが右側を、セリスが左側のイアンの腕を肩に回す。そして「せーの」と言う掛け声で、二人がかりで引っ張り上げるように立たせる。 「ぐっ!」  その瞬間、強烈な痛みがイアンを襲った。  あまりの痛さに、再び腰を落としそうになる。だが、歯を食い縛りながら踏ん張り、何とか立つ。  相当キツかったのだろう。  顔には大量に汗を滲ませ、既に息も絶え絶えだ。  もう歩く力も残って無さそうである。 「……お前、もう歩けなそうだな……背負ってやろうか?」 「いい……。少し……待ってくれれば……なんとか、歩ける……」 「(即答かよ。あぁ……セリスの前だから強がってるのか……。)……そうかよ。なら少ししたら行くぞ」  ガレンとセリスは、イアンの呼吸と痛みが落ち着くのを待つと、二人がかりで彼を支えながら、ゆっくりと三人で医務室へと移動し始める。  移動している最中も、一歩踏み出す度に傷に響き呻いているイアン。  そんな彼の様子に、セリスの表情が曇る。 「(やっぱり、かなり辛そう……)治癒魔法使えなくて、ごめん。私があれを使えてたら」 「そもそも、使える奴自体、少ないだろ……。お前が、気にすること……じゃ、ない……」 「そうだぞー、セリス。オレだって使えないしなー」  せめて自分が治癒魔法が使えたら、イアンを少しは回復出来るのに。と、申し訳無さそうにするセリスに、イアンは苦しいにも関わらず無理に笑って言う。  それにガレンも同意するように頷いた。  何度も力尽きそうになるイアンを支えて、(ようや)く医務室の前に到着した。 「ここまででいいよ、ガレン。後は私だけでどうにか出来るから」 「おう。じゃあこっち離すな。また後で様子見に来るから」 「うん。助かったよ、ありがとね」  ガレンは、セリスの礼を聞くと手をイアンから離れた。そして、手を軽く振りながら後処理の為に戻っていった。  セリスは、医務室のドアを静かにあけて中に入る。  医務室には、簡易的なベッドが複数並んでおり、ドアの横に薬品棚がある。薬品棚には様々な薬が所狭しと並んでいる。  しかし、肝心の医務官はいないようだ。  エスカーラ城では、軽傷や比較的軽い怪我なら衛生兵が対処している。  その為、医務室に他に患者が居ないと言うことは、今のところ重症者はイアンだけと言うことになる。  セリスは一先ずイアンを一番手前の寝台(ベット)に横たわらせる。 「うっ」 「ちょっと待っててね。今、薬を探してくるから」  そして、医務室の薬品棚の中を確認しに行く。棚の中にはいくつかの薬が並べられていたが、どれも見た事がない物だった。 (見たことないのばかり……どれ使えばいいんだろう。)  彼女が、薬品棚の前で迷っていると医務室のドアが開いた。  入ってきたのは、くすんだ紫色の髪を後頭部で結い、白衣を着て、眼鏡をかけた垂れ目の男だ。 「ギルバードさん」 「おや、待たせなかな?」 「いえ……。あの……」  ギルバードと呼ばれた男は、エスカーラ城専属の医務官であり、数少ない治癒魔法士である。  セリスは、ギルバードにイアンが怪我をし、今ちょうど自分が手当てをする所だった話し、自分の代わりに診てくれないか、と懇願(こんがん)した。 「分かりました。僕が診ましょう」 「ありがとうございます! お願いします」  セリスはギルバードに向かって深々と頭を下げた。 「……これは、酷い。……ちょっとごめんね……」 「……っ!」  ギルバードは魔法で、イアンの背中の傷の近くを触り、骨に異常はないか見る。  これはギルバードにしか出来ない魔法である。 「うん。骨には異常ないね。命に別状もないよ。じゃあ、手当てしようか」  彼は、手を(かざ)し、治癒魔法の技法の一つであるブラッドサージュで止血をし軽く消毒をする。 次に、同じく技法の一つであるペインレリーフを施し痛みを緩和してから、薬品棚から取り出した薬をイアンの背中の患部に塗った。
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