解呪に必要な物

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解呪に必要な物

「後は包帯巻くんだけど。その体勢だと巻けないから、彼が体起こすの手伝ってあげて……」 「あ、はい」  手当ての様子を心配そうに見ていたセリスは、ギルバードに言われ、イアンの上体を起こし支える。  その間に、ギルバードは包帯をイアンの体に巻いていく。その手際のよさは慣れたものである。流石だな、とセリスは感心した。 「薬を渡しておくから、後はミライルさんがやってあげてね」 「はい! ありがとうございました!」  ギルバードはセリスに薬を手渡すと、医務室の椅子に座った。それを受け取りながらセリスはお礼を言った。  こうして、手当てと治癒魔法の施しが終わった。  その後、治療を終えたイアンがセリスに話しかけ、回想の冒頭に至る。  ◆ 「で、呪いをかけた奴は誰だ?」 「イアンが倒してくれた人だよ」 「チッ……。あの野郎か……」  イアンは眉根を寄せ忌々しそうに舌打ちをする。  子供の頃から、幼馴染みのセリスだけは、絶対に護ると決めていたのだ。 その彼女が呪い魔法を受けたと言うことに、イアンは心中穏やかではいられない。既に絶命している相手に腹が立てる。  だが、深呼吸し怒りをどうにか逃がした。 「どんな呪いなんだ?」 「えっと、身体が徐々に動かなくとか言ってたような……」 「! ‥……体の中に異常はないのか? 動かしにくいとか、苦しいとか」 「うん、今のところは、特にはないかな。ただ胸元に痣みたいなのが出来てるけど」 「そうか」  この手の呪いは、発症のタイミングが解りづらい。  その上、心臓の動きを遅らせたり、心肺の機能を奪い、最後には死に至りしめる物である事が多い。だが、まだセリスには症状が出ていないようで、イアンは一先ず安堵した。  しかし、このまま放っとくわけにもいかない。 「解呪方法は解るのか?」 「ううん。それが分からなくて」 「は? 解らないって、どういう事だ」 「だって、かけてきた相手はイアンが倒しちゃって聞けないし……。私、この類は詳しくないから」  セリスの返答にイアンは頭を抱えたくなった。それもそうだろう。わざわざ解呪方法を教えるような術者はいない。加えて、自分も詳しくはなく、打開策が見つからないのだから。  イアンが、どうしたものかと考え(あぐ)ねていると、二人の会話を見ていたギルバートが口を挟んだ。 「それなら、僕が知ってるよ。うん。体が動かなくなる呪いだったよね。とある魔法書を使用すれば解けるらしいよ。ただ、それには代償が必要だとか」 「代償?」 「そう。その代償は、大切な人の寿命」 「そんな……」  セリスは、思いもよらない言葉に絶句した。大切な人の、イアンの寿命と引き換えに呪いを解くなんて、セリスには出来る訳がないのだ。  しかし、青ざめる彼女とは反対にイアンは、平然とし眉一つ動かさない。  そんな彼に、セリスは困惑気味な視線を向ける。 「なんで、そんなに平然としてられるの!? 寿命が減っちゃうんだよ?」 「それがどうした。今すぐ死ぬわけでもないし、セリスを助けられるなら、俺はそれでいい」 「イアンが良くても私は嫌だよ。……イアンの……大切な幼馴染みの寿命を削ってまで、呪いを解きたいとは思えないよ」  セリスは俯き、思い詰めたように呟く。  最後の方は、聞きとれないくらいの小声だったが、イアンの耳にはしっかり届いたようだ。 (大切な幼馴染み、か……)  彼女の言葉に嬉しい反面、少し切ないような複雑な気持ちになるイアン。  だが、今はそれどころではないと、背中を庇いながら起き上がると、セリスを真っ直ぐに見つめる。  イアンの優しく力強い眼差しに、セリスは思わずドキリと胸を高鳴らせた。 (こんな目のイアン、初めて……) 「セリス、お前のその気持ちは嬉しい。けどな、お前が動けなくなるのは俺が寿命を耐えられない。だから、俺の為と思って呪いを解いてくれないか?」 「で、でも……私、イアンに何も返せないし……」 「馬鹿だな。俺が好きでやってんだから、そんな事気にしなくて良いんだよ」  イアンは、軽くセリスの額を小突(こづ)き、笑った。  そして、むしろ返さなきゃいけないのは俺の方だしなと、心の中で付け足した。 「それに、何を言われても、俺は止める気はないけどな」 「はぁ……もう、分かったよ」  セリスは悩みに悩んだ結果、諦めたように深くため息をついた。彼が一度言い出したら聞かない事を、セリスは長い付き合いで良く知っているのだ。  二人の様子をギルバートは、微笑ましそうに見ていた。  そこへ、承諾を得たイアンが話しかける。 「ギルバードさん、その魔法書は何処にあるんですか?」 「確か、隣町の図書館だったかな。忘れられた魔法の書って名前だよ」 「分かりました」  ギルバート曰く、その魔法書は忘れられた魔法の書という書籍で、図書館内の何処かに保管されているとこのと。  イアンは、それを聞くや否や直ぐにベットから降りて上着(ジャケット)を着衣しだす。  隣町の図書館までは、甘く見積もっても馬車で一時間はかかる。何時もの彼なら問題ない。  だが、深手を負っている今の彼が徒歩で行くのは、自殺行為に等しい。  セリスは慌てて、イアンをベットに戻した。 「いくらなんでも無茶だって! そんな体じゃ。あそこまで結構あるんだよ!」 「平気だ。薬とギルバートさんの治癒魔法のおかげで大分痛みも軽減した。それに、もし今日の夜とかにも発症したら、どうすんだ」  イアンの言うことは正論だ。  だが、今の彼を一人で行かせることは気が引ける。と言うか、行かせなくない。  セリスは、妥協案を考え提示する。 「だったら私が行くから、イアンは休んでて!」 「そういうわけにもいくか。何があるか分からないんだぞ」 「じゃ、じゃあ! 他の誰かに頼んで」 「駄目だ」  イアンは、セリスの言葉に被せるように言った。彼女が他人に守られるのが、嫌なのだろう。彼は不機嫌そうな顔をしている。 (もー、どうすればいいの。)  どの案も却下されてしまい、セリスは困り果ててしまう。それでも何か他にないか考えていると、彼女に名案が浮かんだ。 「あ、そうだ! だったら二人で行こうよ! ね、それなら良いでしょ?」 「‥……まぁ、それなら良いか」  イアンは逡巡した後、渋々と折れた。  二人で探した方が早いし、互いに何かあってもどうにかなる。と考えたのだろう。  彼は、ギルバードにお礼を言うとは、足早に医務室を出ていこうとする。  その後を慌ててセリスが追っていった。  一人残されたギルバードは、あれで付き合ってないんだよなぁ、と心の中で呟き苦笑したのだった。  イアンとセリスが医務室を出ていき、少し経った頃、ガレンとグレースが医務室に入ってきた。  グレースとは、ガレンと同期でセリスとイアンの後輩に当たる宮廷魔法士だ。彼女の容姿は、クリーム色のミディアムボブ、蜂蜜色の目をしている。  年が近い事もありイアン、セリスとも仲が良いのである。 「おーい、イアン。どうだ? って居ねぇし」 「本当にここに来たの?」 「おー。確かに連れてきたんだけどなぁ……」  ガレンとグレースが話しているのを聞いてギルバードは、微笑みながら声を掛ける。 「あの二人に、何か用があったのかい?」 「あ、ギルバードさん。どもっす」 「ガレンから話聞いて、様子見に来たんですけど、イアンとセリスは何処に?」  グレースは、医務室をキョロキョロとしながら、ギルバートに尋ねた。 「あぁ……あの二人なら出掛けたよ」 「はぁ!?」 「ガレン、うるさい。突然大声出さないでよ」  ギルバートの返答にガレンが驚き、素っ頓狂な声をあげた。耳元で騒がれたグレースが顰めっ面で彼に注意をした。 「いや、だって! イアンのやつ、あんな酷い怪我だったんだぜ!? なのにあの馬鹿……!」 「そんなに酷かったの?」 「それはもう‥……。歩くのもやっとなくらいにはな」 「ふぅーん。で、ギルバートさん、二人が何処に行ったのか分かりますか?」 グレースは気を取り直して、ギルバードに尋ねる。 「隣町の図書館だよ。呪いを解くのに必要な魔法書を取りに行ったよ」 「呪い!? えっ、どっちか呪い受けたんですか!? 大怪我としか聞いてないんですけど!」 「それはオレも初耳だ」 「そうなのかい? ミライルさんの方がね、受けてしまったみたいだよ。まぁ、心配なのは分かるけど。あの二人は大丈夫だと思うよ」  ギルバードは苦笑しながら言った。 「ですよね。じゃあ、私達は行きますね」 グレースは、ギルバードに同意するとガレンを連れて医務室を後にした。 「お前何で、そんなにアッサリしてんだよ。心配じゃないのか」 「心配に決まってるでしょ。でもギルバードさんも言ってたじゃん、あの二人なら大丈夫だって。その通りだと思うよ」 「あー、確かにな」  そして、廊下でこんな話をしながら戻っていくのだった。
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